乙女集会の愚かな羊(3)




「……あの、黒薔薇会、というものはご存知ですか」


 白百合と桜庭が薔薇庭園から姿を消した事を確認すると、黒田は土や枝葉がついたスカートを握ったり離したり、落ち着きがなさそうにしながら山部へと問いかける。

 黒薔薇会。そのような名は聞いたことがない。教員に渡された学園のパンフレットに記載されているクラブ活動、同好会の欄にもそうしたものはなかったはずだ。


「いえ、わかりません」

「非公式に設立された、同好会……サークル活動のようなもので、最初は熱心なカトリック信者たちの同好会だったらしいのですが、今では学園の乙女としてそぐわない行為をすると、秘密裏に粛清をしているとかなんとか」


 非公式に、学園にふさわしくない生徒を粛清しているサークル……非公式ならば、パンフレットに載っている訳もないし、所属している生徒達も自らがそのような事をしているなど、口が裂けても言うことはないだろう。

 しかし、なぜこの話を黒田は刑事に話すのか?


「あっ、馬鹿馬鹿しいですよね……もしかしたら、と思ったのですが……自分で話してて、なんだか中学二年生の妄想みたいと思いましたもん」

「いえ……正直、もう何十人と話を聞いていたのですがね、まともな証言が全く出てこなかったんですよ。黒田さんからお話を聞かことができて、本当に感謝してます」


 捜査のテクニックとして、どれだけ疑念を抱いていても、まずは相手に信頼してもらわなければならない。

 真剣に相手の目を見て、良いところで相槌を打ち話を聞いていると言うポーズを取ると、黒田は嬉しそうに唇を歪ませて笑い、次第に饒舌になる。


「いえ、私実は黒薔薇会の奴らに嫌がらせを受けてて……たぶん白百合まりあと仲良くしてるのが気に入らないんだと思います。だから仕返しみたいなモンですよ」


 嫌がらせ。粛清と言っていたし、そうした汚いこともする連中なのだろう。


「ああ……しかし、いじめは傷害で訴えることも出来ますので、何かあればそちらの方でも力になりますよ」

「大丈夫です。私けっこう図太いので……それより、黒薔薇会はかなり大きな勢力ですので、気をつけて」


 山部の話に黒田はすっかり心を許したのだろう。一通りの会話が終わる頃には黒田もまた、白百合に比べればぎこちないものではあったが、年相応の少女らしい笑顔を見せてくれるようになった。

こうした、心理学を用いた捜査のテクニックは山部の苦手としているところであったが、実際に効果が出たことに彼は安堵しながら肩を撫で下ろす。


「それじゃあ、私は戻らないと……掃除当番の途中だったんです。班のみんながサボってるから私がやらなきゃ」


 彼女をひとりにしてしまうことに若干の気掛かりはあったものの、心配ないと気丈に振る舞い手を振って校舎に向かう黒田を見送ると、山部はスマートフォンを取り出し、慣れない様子で画面に触れる。そして耳へ画面を押し当て


「桜庭、いつまでお嬢さんに相手をさせてるんだ、帰るぞ」


 と、浮かれた電話の主へと告げた。



 宿に戻ると、桜庭は白百合の話を繰り返した。

 彼女の好きなもの、どのように笑い、どれほど美しいか……それを何度も何度も語り続けるのだ。山部は呆れた様子で話を聞いていたが缶のビールを煽り、ふん、と鼻を鳴らす。


「なんだ、桜庭……白百合まりあに惚れたのか? どれだけ美人でもまだガキじゃあないか。それに高嶺の花だ、諦めろ」

「いえ! まりあさんは、おうちの事情で窮屈な生活をしていて……俺がなんとかしてやりたいんです」


 桜庭の話によると、白百合まりあはとある官僚と世界的に活躍している大企業のご令嬢との間に産まれた娘であるが、父親は大変女性問題が多かったようだ。現に白百合議員と言えば政治的手腕は素晴らしいものであったが、官僚となった頃から週刊誌を賑わせていた男だった。そして、彼女はその時に作った母親の違う娘の存在も知っているらしい。

 恋は盲目とはよく言ったものだ。年齢の差も、家柄の差も……白百合が嘘をついて桜庭を弄んでいる可能性すらも見えなくなってしまうのだから。

 しかし、今は桜庭の恋の話を聞いているわけにはいかない。


「それより、この学園にはどうやら黒薔薇会……という組織があるらしい。生徒を極秘裏に粛清したり、嫌がらせをしているサークルらしいんだ。まだ黒田からしか情報は聞けていないが……明日はそれを詳しく調べよう」


 黒田から聞いた黒薔薇会の情報を伝えると、桜庭は表情を曇らせる。思いを寄せている白百合が、その組織により次の被害者となる可能性もあるのだから、当然のことだろう。

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