乙女集会の愚かな羊(2)



「山部様と、桜庭様でしょうか?」


 不意に鈴のなるような、繊細だけれどよく通る声が二人を呼ぶ。声のする方へ顔を上げると、そこにはまるで後光のように太陽を背に向けた美少女が微笑んでいた。


「わたくし、白百合まりあと申します。学園長からあなた方にお話を聞かせてあげてほしいと言われて……ここにいらっしゃったのね。ずいぶんと探してしまいましたわ」


 白百合まりあ。彼女は均整のとれた長い手足に艶のある髪、零れ落ちそうなほどに大きな瞳を持ち、被害者に負けず劣らず……いや、それ以上の美貌の持ち主だった。

 白百合は、笑みを形取った桜色の小さな唇を、白魚の指で隠し長い髪を揺らす。その仕草は御伽話のプリンセスのようで、とても愛らしく誰もが恋に落ちてしまうことだろう。

 現に、桜庭は白百合の姿を一目見た途端に瞬きを忘れてジッとその姿に、仕草に見惚れている。山部はやれやれ、と肩をすくめ、映画の中だけでしか知り得ない高貴な淑女に対する仕草として、仰々しく頭を下げる。


「……ああ! 白百合まりあさんはあなたでしたか。話を聞いた生徒たちは、皆あなたのことをお話ししておりましたよ。なるほど……たしかに可憐な女性だ」


 それはあまりにも芝居がかったセリフと仕草であったが、白百合はおかしそうに、年相応の少女らしく微笑んだ。

 その仕草に山部はバツが悪そうに頰をかき、桜庭は更に顔を真っ赤に染めてしまう。


「ふふっ、楽しい方ですのね。どうか楽にしてくださいな。わたくしたちは……その、先生方がとっても厳しいの。けれどもあなた方は外からいらした方ですもの。きっと先生方も見逃してくださいますわ」


 そして草臥れた二人の刑事と天使のような美少女という、全く似合わない組み合わせは薔薇の庭園で暫し歓談する事になった。

 白百合は学校の教育方針から言葉こそ良家の子女と言った印象だが、よく笑い、会話を楽しむその姿は十代半ばの少女と何ら変わりはないように見えた。

 二人の刑事は最初のうちはたわいもない会話……学校のこと、彼女が興味を持つ世の中の少女たちが好むものについて話をしていたが、事件の被害者について話出すと、白百合は長いまつ毛を伏せてしまった。


「ええ……そうね。とても悲しい事故でしたわ。わたくしは、あの三人とは親しくありませんでしたが、目立つ生徒でしたので注目していましたの」


 短い沈黙の後、白百合は静かに口を開いた。やはり、彼女も他の被害者同様に接点はないようだ。

 しかし、この学校で感情に支配されず、まともに話が出来そうなのは彼女だけだろう。事件に心を痛めている様子に、これ以上深掘りして聞くのも気が進まなかったが、そうは言っていられない。


「では、彼女たちに恨みを持っている人物に心当たりは?」

「ええと、わたくしはよくわかりません……」


 白百合は全てのことに対して、わかりません、と繰り返す。本当に何も知らないのか、はたまた何かを隠しているのか……相当な家柄のご令嬢に、これ以上ただの刑事二人が尋問することなど出来るはずもなく、山部は桜庭へ目配せをする。

 彼女からは何も聞き出すことは出来ない、もう話を切り上げようという合図だ。


「いえ、構いませんよ。……何か思い出したことがあれば、連絡をください。俺たちは当分ここにいる予定ですので」

「お役に立たなくてごめんなさい」


 白百合に気があるらしい桜庭が彼女を気遣う言葉をかけると、白百合は細い肩を小さく窄め申し訳なさそうに呟いた。


「そうだわ、事件のことについて役には立てないのだけれど……わたくしで宜しければ、ここを案内させてくださいな」


 学園長から直々に頼まれて来たにも関わらず、何も有力な情報を提供できなかったことを余程申し訳なく思ったのだろう。学園を案内する、という白百合の申し出に、山部が断る間もなく桜庭は嬉々として受け入れてしまった。

 何気ない会話の間に、二人は知らぬうちに親しくなっていたらしい。

 白百合が刑事を引き連れ、季節ごとに庭園に咲く薔薇の品種、そして設置された彫像の作者について説明しながら歩いていると、不意に彼女は足を止めた。


「あっ……」


 薔薇の庭園に、ひとりの少女が真っ赤な薔薇の苗木に埋もれるように横になっていたのだ。豊かな黒髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた……この学園の乙女にしては、とても垢抜けない姿である。彼女は白百合の姿を一目見ると、ギョッと目を見開き、薔薇の苗木に自分を同化させるように一層身を小さくさせた。

 しかし、それも無駄なようで白百合は少女の手を取ると、その細い身体を懸命に使い、薔薇の苗木から救い出す。


「彼女は、黒田真理亜さん。とても可愛らしいでしょう? わたくしと同じお名前なんですのよ」


 嫌味なのだろうか? と疑いたくなるほど、天使のような美少女の隣に並ばされた黒田真理亜という少女は、自信がなさそうに身体を強張らせている。女性というものは、しばしば自分より容姿の劣るものを担ぎ上げたりする事があるが、白百合もまた、そうした面があるのだろうか。


「私たち、友達では……」

「あら、お友達だわ。忘れたの? あなたのお世話はわたくしがするというお約束だったじゃない。……また、常盤さん達に虐められたのね」


 白百合は、黒田に対して非常に好意的に思えるが、黒田の方は白百合に対して心を許してはいないようだ。あんな場所にいたことから、おそらく黒田は白百合の言葉通り学園内でもあまり歓迎された存在ではないのだろう。

 しかし、この黒田という少女は他の女子生徒とは違う匂いがする……山部の刑事の勘が働いた。


「白百合さん、少し黒田さんにお話を聞きたいのですが……少し席を外してもらえますか?」

「あ、それじゃあ! その間俺が学園を案内してもらいます! いいですよね、山部さん!」


 ……桜庭は、どうしても白百合と一緒にいたいらしい。

 山部は何も言うことはなく、静かに頷いた。

 

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