乙女集会の愚かな羊(1)
聖カメリア女学院。
某県のはずれ……山奥にある広大な土地に建設された、全寮制の女子校である。ここに通える女子生徒は皆、卒業生……及び学園の支援者の関係者、もしくは紹介によって入学が許される。従って、ここに通うものは皆、政治家や富豪の娘がほとんどであり、男性とほぼ関わることなく卒業を迎えるため、清らかな乙女のみが集う花園のような学園と称されている。
しかし、ここ数ヶ月の間で学園の女子生徒が謎の変死を遂げる事件が相次いだ。
一人目は、白川雪乃
二人目は、鏡野アリス
三人目は、魚谷姫花
被害者はみな、学園内でも特に美しく家柄も良いことから人気の高い生徒である。
警視庁から派遣された山部刑事と、未だキャリアの浅い桜庭警部補は、六月某日……関係者の案内により男が到底足を踏み入れることができない女の園へと侵入した。
まだ二十六と年若い桜庭警部補は、男を知らない清らかな少女達の楽園に浮き足だっていたようだが、そんな幻想はすぐに打ち砕かれることとなる。
彼らは関係者以外の男に驚く少女達に警察手帳を見せ身分を証明し、事件についての話を聞こうとするものの、少女達は被害者の名を出した途端にみな、お姉様がお姉様が、とさめざめと泣きはじめたのだ。
おそらく人気の生徒である被害者のファンだったのだろう。憧れの同性を勝手に自分の身内のように扱い、恋愛と親愛の入り混じった感情を向けるそれは、大人であり男である彼らにとっては到底理解できない現象であった。
「山部さん、どう思いますか?」
「ああ……よくはないだろうな。しかしまあ、年頃の娘というものはそういうものだろう。まともに話のできる子を見つけよう」
様々な彫像が並べられ、美しく手入れをされた薔薇園。日陰になっているところを探し、豪奢なアラベスクで彩られたベンチに男二人、並んで休みながら肩を落とす。
今まで手分けをして三十人ほどに訊いたと思うのだが、そのいずれからもまともな話を聞くことはできなかった。
「教員からの話だけでもまとめてみましょうか」
桜庭の提案に山部は頷く。
桜庭はカバンの中からタブレット端末を取り出して、空いた時間にまとめていたのだろう。簡素な資料を山部へ見せる。
「ええと、まずは被害者の情報から。一人目の白川雪乃は、一族代々宮内庁に勤めている旧華族の家柄……花道、日舞、お茶までこなす大和撫子みたいですね。死因は毒草に触れたことによる心肺停止」
「次に、鏡野アリス。彼女はアメリカ人の母親を持つハーフです。母親が映画会社のCEOを勤めていて……お国柄でしょう、反抗的で問題行動は多かったようです。死因は、今は使われておらず閉鎖されているはずの井戸への転落死」
「最後に、魚谷姫花。彼女の家柄自体は他の被害者に比べれば良くはないのでしょうが……彼女はモデルとして活躍して世界を飛び回っているスターですね。死因はトレーニングのために利用していたプールでの溺死」
写真に映る少女達は、みなとても美しかった。
白川は、豊かな黒髪に凛とした眼差しをした日本画のような美女であったし、鏡野は亜麻色の髪をした、アンティークドールのような愛らしさ。魚谷は長い手足と、日本人離れしたエキゾチックな顔立ち、少しスレたような目つきと……派手ではあるが一目見たら忘れられないほどの美貌を誇っていた。
「しかし、彼女らに接点はない……」
共通点といえば、みな他の生徒のあこがれの的であった事だが、生徒たちの反応を見る限りではそれに嫉妬できる人物など、果たしてこの学園にいるのだろうか?
「そういえば、白百合まりあ、という生徒の名前を聞きました。次に被害に遭うとしたら、彼女なのではないでしょうか」
思考の迷路に迷い込んでしまった状況を打開するように、桜庭はとある生徒の名前を出した。それは彼が聞き込みをした女性たち、その数人が口に出していた名である。
山部が首を捻ると、桜庭は手帳の片隅にメモをしていた簡潔な情報を記憶と繋ぎ合わせて言葉にし始める。
「白百合まりあは、品行方正、被害者たちとは比べ物にならないほどに美しく、家柄もよい……素晴らしい生徒だと聞いています」
「……いや、それはおかしいんじゃあないか。その白百合という女は被害者よりも容姿も良く優秀なんだろう? 仮に嫉妬による犯行なのだとしたら、それほどまでの生徒がなぜ最初に狙われなかったんだ?」
山部の言葉はもっともである。
それほどまでに人気のある白百合まりあという女が被害に遭っていない、という事実は嫉妬による犯行という線を潰してしまう。さらに、ふたりの思考は迷宮の奥深くへと迷い込んでしまった。
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