30分

増田朋美

30分

その日はとても暑い日で、とても外へなど出ていられる余裕もなかったほどであったが、製鉄所の中では相変わらず部屋を提供する活動が行われていた。最近は冷房代がもったいないため、製鉄所にやってくる人が多いという。最近は暑いから、冷房代もばかにならないと嫌味を言われるよりは、場所を変えてしまった方がいいのだろう。ジョチさんは、そういう女性の来訪を認めていた。そんな中、

「失礼いたします。私、藤山と申します。旧姓、高村です。」

と、言いながら一人の若い女性が、製鉄所にやってきた。

「藤山さん。どなたか利用者にその様な名前の方はおられましたでしょうか?」

応答したジョチさんはびっくりしてそういうのであるが、

「いえ、利用したいわけではありません。こちらの利用者さんに、小関さんという方にお話があるんです。」

と、女性は言った。

「こちらに、小関綾子さんと言う女性が、いらっしゃいますよね。ちょっと、彼女にお話をさせてもらえませんでしょうか?」

「お前さん何者だ?」

ジョチさんと一緒にやってきた杉ちゃんが言った。

「小関綾子さんになんの用があるんだよ。」

「はい、小関綾子さんの高校時代の担任教師でありました、高村貴男の娘の、藤山友美です。旧姓は、高村友美です。」

「藤山友美さん。そんなやつが、一体小関さんに何をするつもりなのかな?」

「謝りに来ました。父がしたことを、小関綾子さんに謝りたいんです。」

藤山友美さんは、そういったため、杉ちゃんとジョチさんは、顔を見合わせた。

「謝りに来たって。」

「とりあえず、ちゃんと話したほうがいいですね。」

杉ちゃんとジョチさんはそう言い合って、

「えーと実はですね。小関さんなら、先日自殺を図って、精神科に行ったよ。多分、閉鎖に入ったって聞いたから、しばらく戻って来ないんじゃないかな。自殺のおそれありで、監視カメラのある部屋へ入院したらしいから。」

と、説明した。

「そうだったんですね。今更、本当に申し訳ない事をしたと言っても仕方ないとは思っていますし、お金を出しても償えないことは、わかるんですが、それでも、ちゃんと謝らないと行けないと思うので、こさせてもらいました。」

と、藤山友美さんは言った。

「ちょっと待ってください。どうして小関さんの事を知ったのですか?父がした事と言われましたが、一体なんのことなんでしょうか?」

ジョチさんがそう言うと、

「はい。父が、小関さんに、きっと何かしたんだと思います。それは最近父の遺品を整理していたのですが、その中から、こんなものが見つかったんです。」

そう言って藤山さんは、一冊の布張りの本を出した。なんだろうと思って開いてみると卒業アルバムであった。その中に、教師の顔写真が乗せられているが、その中で3年4組担任高村貴男と書かれた写真が、真っ黒に塗りつぶされており。他のクラスメイトの写真も、カッターナイフの様なもので、ぐちゃぐちゃに切り裂かれていた。そして最後のページには、赤鉛筆で、高村死ねと大きく書かれていた。

「母の話では、学校近くのゴミ箱に捨てられていたのを、父が拾って、ずっと捨てずに持っていたようで、ほら、ここに小関綾子と描いてありますから、間違いなく彼女のものだと思って、彼女の実家に行った所、ここに居ると伺ったので、それでこさせていただきました。」

藤山さんはそう説明した。

「うーんそうだねえ。彼女に謝りたいと言ってもときすでに遅しかなあ。彼女は病気だという自覚がなくて、仕方なく入院しなければならなかったからなあ。それをお前さんが謝りたいと行っても、難しいものがあると思うから。今になって、謝りたいと言われてもねえ。」

杉ちゃんは腕組みをしていった。

「そうなんですね。それでその小関綾子さんの症状はどうなのでしょうか。もし、よろしければ、お詫びのお菓子も持って来ましたから、それを彼女にお渡ししてくれませんか?」

「いえ、食べ物の受け渡しは、禁止されています。」

藤山さんにジョチさんははっきりといった。

「そういうことなら、せめて私がここへ来たことでも、伝えていただければ。」

「まあ、お前さんがここへ来たことは行っておきますかね。」

杉ちゃんはすぐいった。

「でもさ、お前さんは謝ればそれでいいと思ってんだろうけど、彼女小関綾子さんが、どれだけ傷ついたか考えてみてくれや。それを言うとね。お前さんのお父ちゃんがしたことは、いかに酷いことだったか、本当によく分かることだと思うよ。」

「はい。お金などでは解決できないことであることはわかっています。だけど、卒業アルバムを見ると、どうしても、謝りたいんです。本当に悪いことをしてしまったんだと、卒業アルバムの写真からわかりましたから。父は、もうこの世にいませんがあたしがそれを受け継いでいかなくちゃいけないこともわかりましたし。」

ジョチさんはその女性がそういうのを見ながら、あることを思いついた。これはもしかしたら、彼女、小関綾子さんにとっても大きな一歩になるかもしれない。

「わかりました。それなら、小関綾子さんに会ってみましょう。病院でも許可してくれれば、面会もできるでしょう。それなら行ったほうがいいかもしれません。」

ジョチさんはしっかりと言い、スマートフォンを取って、電話をかけ始めた。病院に電話をすると、はじめは面会はできないと断られたが、小関綾子さんに取って、とても重大な人物であり、病気の回復にも役にたつかもしれないとジョチさんが言うと、仕方なく面会を許可してくれた。

三人は小薗さんの車で、精神科病院に行った。受付に小関綾子さんはいるかと聞くと、保護室に入っていると言われた。昨日落ち着かなかったため、刺激を与えないほうが良いと判断されたためだそうだ。ジョチさんがもう一度、小関綾子さんにとって、重大な人物であるというと、30分だけならよいと言われた。三人は、カギを開けてもらって、閉鎖病院の中に入った。

「こちらにいらっしゃいます。本当に刺激を与えてしまうとどうなるかわからないので、慎重にやってください。」

と影浦千代吉先生に言われて、ジョチさんも杉ちゃんもわかりましたと言って、その重い扉の向こうへ入った。中はトイレとベッドが1つづつあるだけで、他にはなにもない。そのベッドの上で小関綾子さんが座っていた。

「あの、小関さんですね。私、高村貴男の娘で、藤山友美と申します。実は先日、父がなくなりましたが、その父が、あなたに酷いことをしたことを、謝罪に伺いました。本当に申し訳ありませんでした。小関さん、許してください。」

藤山友美さんは、小関綾子さんに謝罪した。

「人間には、どうしても許せないことがあると思います。小関さん。お金はいつでも払いますし、何かをよこせと言うのなら、ちゃんとそれを調達します。小関さん、父がしたことは許せないことだとは、ちゃんと私、わかってます。だってあなたの人生を駄目にしてしまったんですからね。私にできることがあれば何でもします。父のしたことを謝罪させてください。本当にごめんなさい。」

小関さんは、彼女の話に、ポカンと口を開いて聞いているだけである。

「本当にごめんなさい。父があなたにもうしわけない事をしたのは、認めます。それを私が背負って生きていかなければならないということもわかります。どうか償いをさせてください。お願いします。」

「小関さんに通じてんのかな。何か何も通じないで、ぼやっとしているように見える。」

杉ちゃんが言う通り、彼女小関さんは、ぼんやりとした顔をして、藤山友美さんを見つめているだけであった。

「これじゃあいつまで経っても、平行線のままじゃないか。それではいくら謝っても、仕方ないよ。今回は出直したほうがいいんじゃないかなあ?」

杉ちゃんに言われて、ジョチさんもそうしたほうが良いのではないかと考え直した。それと同時に30分たったと影浦先生が注意したため、三人は、とりあえず彼女の部屋を出ることにした。

「あのもう一度ここへ来てもいいですか?私は彼女、小関綾子さんの病気の原因を作ってしまったのかもしれないのです。」

と、友美さんが影浦先生に言った。

「それはどういうことですか?ちょっとお話を聞かせてください。」

影浦先生は、三人を面会室に入らせた。

「まず初めに、彼女、小関綾子さんの病状を教えてくださいますか?」

とジョチさんが言うと、

「はい。最近の彼女は、医師の僕にも他のスタッフとも口を聞こうとしてくれません。以前はなにか喋ってくれたこともありましたが、今は、時々何か言えば、泣いたり叫んだりして、何回も保護室と、一般病棟を行き来している感じでしてね。だからいつまで経っても、落ち着かない状態なのです。」

と、影浦先生は言った。

「これまでに、この病院には五回来ていますが、その度に長期入院を強いられています。それでも、一回目に来てくれたときよりは良くなっているんですけど。まあねえ、精神科の入院はそういうものですけどね。」

「そうですか。もしかしたら、その原因を作ってしまったのは、もしかしたら私の父でしょうか。彼女は、学校生活のことでなにか言っていませでしたか?」

友美さんは影浦先生に聞いた。

「以前、ひどい目に会ったと話してくれたことがありました。なんでも国立の大学に行かないと、大災害が起きて、世界が終わってしまうとか、そういうことを担任教師に怒鳴られたそうです。先月、台風がこちらへ来ましたときに、彼女が大声で騒いだことがありましたが、それも、国立大学に行かなかったことが、原因だと叫んだことがありました。彼女は、国立大学に行かないと、世界が破滅するということを、刷り込まれているみたいで、これを塗り替えることは大変だと、思いましたよ。」

「そんな事いったんですか!」

友美さんは影浦先生に言った。

「父が生徒さんにそんな酷いことを平気で言ったんでしょうか?」

驚く友美さんに、

「だって、こいつがそういうんだからそうなんだろうよ。こういうやつは嘘はつかないというより、つけないと思うぞ。だからこそ、病気になるんだし、お前さんもちゃんと彼女にそれくらいの被害をもたらした事を自覚しないとね。」

杉ちゃんはカラカラとわらった。

「そうなんですか。父はそんな酷いことを、平気で言っていたんですね。私には、その様なことは一切言わなかったのに、なんで、生徒さんに、平気で酷いことを言っていたんでしょう。」

「多分それはきっと、自宅と職場出使い分けていたのかもしれません。職場と自宅では違いますから。まあ、いずれにしても、学校の先生というのは大した職業では無いんですけどね。それなのにすごいように見えてしまうから困ったものです。」

ジョチさんは大きくため息を付いた。

「わかりました。それでは、あなたのお父様である、小関綾子さんの担任であった教師が、具体的に何をいったのか、ご存じなかったのですか?」

と影浦先生が聞くと、藤山友美さんは答えが出なかった。

「でも謝りに来てくれたんだよね。確か、小関さんの卒業アルバムを拾ってくれてさ。」

と、杉ちゃんは彼女に言った。

「ちなみに、彼女が初めてこちらに入院したのは、記録によれば18歳で、10年前の4月です。それ以来、五回こちらに来ていますね。そのたびに、大暴れを起こしているとかで。」

「はい。間違いありません。私が見つけた卒業アルバムは、10年前の日付でした。でも、父がそんな酷いことを平気で言ったとは知りませんでした。」

影浦先生の話に友美さんは言った。

「ご家族はどうされていたのでしょうか?彼女のそばに付いていてやれなかったのですか?」

と、ジョチさんが聞くと、

「はい。彼女は、家族には話しても無駄だと言っていました。元々、学校で、言われたことを家族に話しては行けないと、高村先生から言われた事も会ったようです。彼女のご家族も、彼女がおかしくなってから学校で問題があった事を知ったようです。」

影浦先生は答えた。

「最悪のパターンだな。多分馬鹿教師が、家族に話してはいけないとでも吹き込んだんだろう。そういうものが教育なんて、大嘘なのにね。全く酷い教師にも、程がある。」

杉ちゃんが呆れた顔でそう言うと、

「まるで有名な映画に出てくるさるのようですね。」

ジョチさんも呆れた顔で言った。

「まあいずれにしても、国立大学へ進ませるために、あれやこれやと汚い手を使ったんでしょうね。」

と、杉ちゃんは言った。

「そんな、、、。あたしの父が、そんな酷いことを言っていたなんて。あたしが、大学を受験するときは、国立大学なんてどうでもいいと言っていたんですけど。あたし、こう見えても、幼児教育科を受験したんですけどね。もちろん私立大学でしたけど、何も言われませんでしたよ。それでは、どうして、生徒さんには、国公立大学が全てなんて。」

藤山友美さんは、戸惑ったように言った。

「あなたが、取り乱しても困りますな。こちらは、精神疾患を持った方が入院するところですからね。あなたが倒れても入院できませんよ。」

と影浦先生が言った。

「そうですね。しかし、本当にあなたはしらなかったのですか?それは非常に疑わしいですね。本当に、その様なことを聞いたことはなかったのでしょうか?」

ジョチさんがそうきくと、

「はい。本当に知りませんでした。うちの父は、教師になってから定年するまで、6つの高校に赴任しましたが、それらの高校の事を口にすることはめったになかったんです。」

と、藤山友美さんは言った。

「それでは、この卒業アルバムのことは何も知らなかったのですか?お父様がなくなられたときまで知らなかったと言いたいのでしょうか?」

「ええ、知りませんでした。先程も言いました通り、父の遺品を整理していたら出てきたのですから。それまで、こんなものを持っていたというのも知りませんでした。」

「はああ、なるほど。では謝りたいと言うのは、いわゆる形だけのことだったわけか。お前さんお代は何でも出すって言ってたけど、それもまさかこんなふうな形になるというのは、予想してなかったんでしょう。もしかしたら、小関さんが生きているのではなくて、死んでいたほうが良かったとか、そういう事を考えていたんじゃないのかな。お前さん、そのあたりしっかりしなくちゃ。まだ、小関さんは生きてるよ。」

ジョチさんと藤山さんのやり取りを聞いて、杉ちゃんはすぐに言った。

「それではあたしはどう言うようにして彼女に償えばいいのでしょうか?」

藤山友美さんは言った。

「うーんそうだなあ。あれほどぼんやりした表情から、なんとか脱出させる事を試みてくれるといいよなあ。精神科に長期入院するってことは、がんで入院するのも同じくらいつらいことだからなあ。それをなんとか和らげてあげることが、一番の償いじゃないかなあ。彼女はいずれにしても、学校の先生が言った酷いことのせいで、10年以上、病気の症状を持って、生きていくことを強いられた事になりますからね。その時間の間に、病気になっていなかったら、大学へ行って、就職して、いい人見つけて、結婚して、子孫を残すことだってできたんじゃないかな。それが全部お前さんのお父ちゃんのせいで、できなくなっちまったんだからなあ。そういう当たり前の事を諦めるってのはつらいんだよ。とてもつらいんだよ。」

杉ちゃんの話はみんなの話を代弁するようだった。そういうことは、いくら口に出して言いたくてもなかなか言えないことでもある。それをいぅてしまえるのは、杉ちゃんならではである。

「わかりました、、、。父が、どんな事をしたのか、まだちゃんとわかりませんが、それでも彼女の症状から見て、かなり酷いことを言われたことがわかりました。だから私、頑張らなくちゃいけませんね。あの、すみません。もう一度、彼女、小関さんのところに言ってもいいですか?もう一度、謝りたいんです。今度はちゃんと、彼女の顔を見て、もう一度父のしたことを、お詫びしたいと思って。今度は、お金とか、物品とか、そういうことはしないで、彼女に謝ろうと思います。」

彼女、藤山友美さんは言った。

「それはどうしてなのでしょうか。もしかしたら、逃げてしまうことだって、できるかもしれないでしょう。それをあえてしないということは、あなたもとても勇気のある人ですな。それにはなにか理由があるのでしょうか?なにかきっかけの様なものはありましたか?」

と影浦先生が言った。

「中には、居るんですよ。病院に入れてしまったっきり、面会もしようとしないし、まるで、ゴミ捨て場みたいに患者さんを捨ててしまうご家族とかね。どうしてそうするのか、と言いたくなるくらい、酷いことを平気でする家族もいます。それなのに、患者さんに謝罪がしたいなんて、あなたも珍しい方であることは、間違いありません。」

影浦先生の言葉に、彼女は涙をこぼして泣きながら言った。

「だってそれは他人ではありません。それは私の家族ですし、私の大事な父ですから。その父が、しでかした過ちですから、私もそれを受け継いで行かなくちゃなりません。それは、私の家族ですから。」

そう答える藤山友美さんは、小さな声ではあったけど、すぐに気を取り直した様な感じで言った。

「もう一度、時間をくださいませんか?彼女、彼女に謝りたい。彼女、小関綾子さんに、ちゃんと謝罪をして、できることはちゃんとしなければなりません。もしかしたら、法律沙汰になってしまうかもしれないけど、あたしは、それでも構いません。それくらいのことを、父はしでかしていたんですね。だからあたしが、それを継いでいくこともしなければならないんです。」

「しかし、あまりに彼女を刺激してしまうと、また病状が悪化するおそれもありますので。」

影浦がそう言うが、ジョチさんは、

「いや、ここで一度謝罪をさせてやってください。」

と言い、杉ちゃんも、

「その方が彼女のためだと思う。」

と言った。影浦先生は、少しため息をついてこういった。

「わかりました。じゃあまた30分時間を上げますから、タイムオーバーしないでくださいよ。」



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30分 増田朋美 @masubuchi4996

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