第10話 笑ってくれた

「なあ。俺なんも知らないで巻き込まれたんだけど。説明くらいしてくれよ」


 さっきからずっと蚊帳の外にいる菖蒲が、唇を尖らせながらそう言った。


 何故悠が怪我をしたのかも、その怪我の手当を紗奈がした理由も、菖蒲は何一つ知らない。


 悠はそんな彼を一瞥すると、口角を少しだけ上げる。


「最初は彼に渡してくれるよう頼んだんだけどね。自分から巻き込まれに来たじゃない。白鳥くん」

「だって、人目を気にして大切な事を人伝いに、なんて気分悪いだろ」


 やはり、二人の間は少々険悪な空気が漂っていた。紗奈もそれに気がついて、あわあわと二人を交互に見つめる。


「……実際そうだろ。北川さん、色々言われてたじゃないか」


 と、今度は口をきつく結ぶ。紗奈が困っていたのを知っているのだから、気にして当然だ。


「お前が態度を改めるとかしたら? ちょっとでも愛想良くしてみれば周りの態度も変わるんじゃないの?」


 菖蒲はハッキリと意見を言うタイプなので、思ったことをズバズバと悠に伝える。失礼とも取れる言葉に紗奈は不安になったが、言われた本人は気にしていなさそうだった。


「なんで他人に言われて自分を変えなきゃいけないの。俺の勝手でしょ」

「はあっ!? お前が紗奈に対して不誠実だから……!」

「なら君は、誠実なら北川さんが傷つくことになってもいいって事?」

「そんなこと言ってない」

「言ったようなものだ」

「だから、お前が少しでも堂々としてれば、からかわれることも無くなるだろって言ってるじゃん」

「俺は今のままでいいんだよ。無駄に目立つのなんてごめんだし」


 口論は悠の言葉で締めくくられた。「はっ」と鼻で笑うようにしてため息を一つつき、これ以上は取り合う必要も無い。と視線をずらしている。


「はい。セット。少しぐらいなら騒いでてもいいけど、他にお客さんがいる時はやめてよね」


 紗奈の目の前にケーキセットを置いた詩音が、悠と菖蒲を見てそう言った。


「だってこいつ……」

「気をつけます」


 もう来ることは無いし。と悠は思っているが、その言葉は飲み込む。


 紗奈の目の前にも注文したものが届いたようなので、遠慮なしに頼んだベリーのケーキにフォークを刺した。


「でも菖蒲くん? さっきのは悠くんに失礼だよ。悠くんが嫌なら仕方ないと思うし」

「…こいつがお前に失礼なのはいいのかよ」

「失礼だなんて思ってないもの。ハンカチだって、怪我をさせてしまったお詫びに手当をしただけだから」

「白鳥くんは事情を知らないし、君のために怒るのも仕方ないと思うけどね」


 黙々とケーキを口にしつつ、涼しい口調でそう言った。


「色々言ったけど、白鳥くんの言ったことは間違ってないし」


 と言ってから菖蒲に視線を移し、更に続ける。


「人に自分の意見を押し付けるのは醜悪だとは思うけどね」


 それを聞いた菖蒲は、また悠に何かを言おうと口を開く。しかし、悠がフォークを皿において身体ごと菖蒲の方に向けてきたので、ドキリとしてしまい、何も言えずに身構えた。


「…白鳥くんの言う通り、こういうのを他人伝いにするのは良くなかったね。ごめん。こうやって目立たないところで引き合わせてくれたこと、感謝してるよ」


 素直にそう言われては、菖蒲も黙るしかない。ちらりと紗奈を見て、紗奈が本当に気にしていなさそうなので諦めることにした。


「ああ」


 小さく返事をすると、あとはもう黙々とケーキを食べ続けるのみだった。


 みんなが黙々とケーキを食べるので、数分もしないうちに全員の皿が空になる。


「会計は俺が払いますから。いくらですか?」


 全員が食べ終えた後、悠は詩音に向かってそう言い放った。


「え? そんなの悪いよ。」

「俺の都合でここに来ることになったんだし、支払いくらいするよ。白鳥くんも北川さんも、本当はここに来る予定は無かったんだろ?」

「それはまあ、そうだけど……。ここのは美味しいし、いつも来るし…。別に奢ってもらうほどの事じゃないって言うか」


 悠は菖蒲の言葉を無視して、詩音に「支払いお願いします」と財布を出していた。


「お礼ってことにしとけば」


 最後にそう言って、有無を言わさず支払いを済ませてしまう。詩音も少し戸惑っていたようだが、本人の希望だし。と思って素直に従ってしまったのだ。


「じゃあ、二人とも時間取らせてごめんね」


 カフェから出た瞬間、悠はそう言って元来た道を戻っていく。


 紗奈が手を振って「またね!」と挨拶をしたので、一度だけ振り返ってくれたが、すぐに前を向いて歩いていってしまった。


「笑ってくれた……」

「え? わかんの?」

「口元が少しだけ動いたもの」


 観察眼の鋭い幼なじみを横目に、菖蒲は複雑そうな表情で去っていく悠の背中を見つめるのだった。

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