第8話 お詫びのプレゼント

※初めてレビューをいただきました!嬉しいです。ありがとうございます.*・゚ .゚・*.




「は?急に何……」


 悠は突然「付き合え」と言われて戸惑う。


 確かに、人目が無ければ噂になることなんて無いのかもしれないとは思うが……。


「行きつけの店があるんだ。そこにあいつを呼ぶ。家が近所だからすぐ来るぞ」

「渡してもらえればいいんだけど」


 紗奈は、地味で目立たないように隅で大人しくしているような悠に対しても優しくしてくれた、珍しい人物ではあるが、彼女が自ら好き好んで自分と関わりたい。と思うこともないはずだ。


 直接会って渡したとして、彼女が喜ぶとも思えなかった。だからこそ幼なじみだと言う菖蒲に頼んだと言うのに。


「やだって。そう言うのは他人越しじゃ気持ちが伝わらないもんだろ」

「俺からの気持ちなんて…別に……」


 小さく呟いたその言葉は聞こえなかったようだが、何か言い訳を探している事には気がついている。


 菖蒲は半ば無理やりに悠を店に連れて行く。


「あ。詩音しおんさん。こんにちは」

「あら。こんにちは」

「今日は旦那さんは?」

「二号店の方にいるわ」


 店長の娘である詩音は、旦那と共にこの店を広めようと奮闘中だ。普段は旦那と二号店を経営しているが、たまに様子見がてらこの本店に手伝いに来ている。


 店長はまだまだ元気だが、そろそろ歳も若くない。念の為…と言う理由も含んで、月に何度か来ているのだった。


「そちらは?」

「クラスメイト。気にしないで。こいつ、へたれてるから無理やり連れてきたんだ」


 腕を思い切り掴まれているので、逃げることは出来なかった。その代わりに、拗ねるようにして菖蒲を見ている。ただ、見ていると言っても瞳を隠しているため、菖蒲がその視線に気づいているとは限らないのだが。


「強引だって自覚はあるんだね」


 スっとカウンター席に座った菖蒲の隣に、悠も渋々ながら座る。


「呼んだの? 彼女。」

「ああ。さっき歩きながらな」

「歩きスマホしてたっけね」


 二人の雰囲気はどこか刺々しい。とりあえずお冷を出した詩音は、呼ばれるまでは我関せずの姿勢をとることにした。


「そう言えば、なんで俺とあいつが幼なじみだって、知ってんだ?」


 紗奈を待っている間は暇だし、無言の空気も気まずかった。しかし、悠と仲良く世間話…なんて仲でもない。とりあえず菖蒲は気になっていたことを聞いて時間を稼ぐことにした。


「本人から聞いたから」


 猫を助けた日の帰り道、なぜ名前を知っているのか。と彼女に聞いた。その答えが、幼なじみの菖蒲に教えてもらったから。だった。


「勝手に人の名前を教えた幼なじみがいるってさ」

「名前くらいいいだろ。同じ学校なんだから」

「なら、別に俺が君達の関係を知っていてもいいよね」

「俺は悪いなんて言ってない」


 本人達は無自覚だが、周りから見たら一触即発と言った感じで、見ていてハラハラする。


 そんな空気を壊すように、一人の少女が来店した。


「紗奈ちゃん! いらっしゃい!」


 待ってました。と言いたげなくらいに明るい声で迎え入れた詩音は、カウンターに座る菖蒲と悠の方へと案内をした。お冷も置いてくれたので、紗奈はそこに座る。


「あの、悠くんが話があるって……」

「話というか、これ」

「え? な、なあに?」


 綺麗にラッピングされたそれを見て、紗奈は戸惑う。


 悠の素顔を盗み見てから、彼に対しては妙にドキドキしてしまうのだ。


「ハンカチを汚したから…あれを返すのも悪いし、変わりに」

「あ……。気にしなくていいのに。」


 紗奈は自分の目の前に差し出されたそれを見ると、そう言った。


 そもそも、猫を助けてもらったお礼にした事だったのだ。まさか、更にお返しをされるだなんて、紗奈は全く考えつきもしなかった。


「いらないなら別に」


 ぶっきらぼうにそう言うと、悠は包みに手を伸ばそうとする。しかし、紗奈が慌ててその包みを掠めとって、ギュッと抱きしめた。


「いる。大事にするわ……!」


 ぽっと頬を赤らめているので、悠に苦手意識のある菖蒲は、どこか面白くなさそうにお冷を口に含む。


「あの、悠くん」

「何?」

「中、開けてもいいかな?」

「それはもう君のものだし、好きにしなよ」


 許可を貰ったのでいそいそとラッピングを解き、その中身…ハンカチを取り出す。


 悠の傷を手当したハンカチに、色と雰囲気が似ている。しかし、全くの別物。


 こちらの方がどこか上品で、もしかしたら値段も高いかもしれない。紗奈はそう思った。


 ピンクの花柄で、薄いレースのあしらわれた可愛らしいハンカチだった。


「可愛い……。ありがとう! 悠くん!」


 今度は剥き身のそれを大事そうに抱きしめ、満面の笑みでお礼を言う。


 前髪で見えないのをいい事に、悠は目を大きく開くと、照れを誤魔化すように軽く眉を寄せた。


「それ、お礼というかハンカチを駄目にしたお詫びだし。お礼を言われるのはなんか違う」

「でも、嬉しいもの」

「そう……」


 小さな声でつぶやくと、悠はもう何も言わない。


 来店するだけして何も頼まないのは悪いと思ったので、目の前のメニュー表に手を伸ばした。





※歩きスマホは危険なのでやめましょうね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る