第5話 ほしのねこ
『ほしのねこ』という名前の店は、お洒落な雰囲気のカフェレストラン。店内も品良く装飾が施されている。
二人が店の前にやってくると、丁度中から優しそうな白髪混じりのおじさまが出てきた。ランチの看板を下げに出てきたようだ。彼がこのカフェの店長である。
「おや。紗奈ちゃんに菖蒲くんじゃないか」
「「こんにちは!」」
二人がぺこりとお辞儀をして、元気に挨拶をすると、店長はにこりと笑って二人を中に迎え入れてくれる。
「菖蒲くん。何頼む?」
「本当に奢りでいいのか?」
ちらっと紗奈を見ると、今更何を言うのだ。と菖蒲の肩をまたポンっと叩いた。
「女に二言は無いのよ」
「じゃあ、ショートケーキ……」
小さく笑った菖蒲は、少し遠慮がちにケーキを頼む。紗奈も同じものを頼んだ。
「じゃあ、飲み物はサービスでつけてあげる。オレンジジュースでいいかな?」
「ありがとうございます!」
「すみません…」
「いいからいいから」
小さな頃から親に連れてきてもらっているこのカフェは、店長をはじめ、他の店員達も二人のことを可愛がってくれる。
「…なあ、紗奈?」
「なあに?」
「その、ちょっと愚痴っぽくなるんだけど…聞いて貰えない?」
「いいよ。なんでも聞くわ」
今まで避けてきた、菖蒲が付き合っていた彼女と別れた経緯を聞いた。
「えっ……じゃあ、浮気みたいな事されたってこと?」
「浮気、なのかな? 何だろ…別に俺の事はそんなに好きじゃなかったっぽいって言うか」
話を整理すると、菖蒲の元カノは別に好きな人がいたようだ。その人には別に仲のいい少女がいたので、菖蒲の告白を受けた彼女は菖蒲をキープとして恋人にしていた。
しかし、最近意中の相手と仲良くなることが出来たので用済みだ。と菖蒲は振られてしまったのだそうだ。
「不誠実だなあ……」
「あはは。まあ、俺の見る目が無かったってやつだな」
力なく笑う菖蒲に、紗奈は悲しくなってしまった。小さい頃から一緒に育ってきた紗奈は、菖蒲のいい所を沢山知っている。
「きっといい人が見つかるよ。ね? 店長。」
「ああ、きっと。もしかしたらここで出会えるかもよ? なんてね」
と言って、店長はウインクをして見せる。店長のその態度に、紗奈はすぐピンと来た。
「菖蒲くんのお父さんとお母さんはここで出会ったんだもんね」
「それ、いつも惚気られるよ」
苦笑する菖蒲の顔に赤みがさした。少しは立ち直ってくれたかも。と紗奈は満面の笑みになる。
「そう言えばさ、お前の方も大変そうだよな」
ふと菖蒲が言った言葉に、紗奈は首を傾げた。
「
小澤…と聞いてもピンと来ない。
紗奈が昨日ぶつかり、今日話題の中心となったきっかけの男子生徒のことなのだが、紗奈は彼の名前を聞いていなかったのだ。
「
そう言えば、菖蒲は二組だったな。と紗奈は今更ながら思い出す。
菖蒲に恋人が出来てから、会話が少なくなっていたから、菖蒲のクラスも覚えていなかった。
勝負ごともしなくなったし、今日まで一緒にほしのねこに来ることも無くなっていた。
ついこの間、突然チャットアプリでメッセージがが飛んできて、『彼女と別れた。』と一言告げられたのだ。
「あの人、悠くんって名前なんだね。昨日、忘れ物を取りに学校に戻ったらぶつかっちゃって。その時に落とした可愛いキーホルダーを返しただけなのよ」
「ああ。そうだったんだ。あいつ、大人しいからあんま話した事ないんだけど……俺もちょこっと苦手」
菖蒲はそう言って頬をかく。紗奈は何故だ。と眉を寄せたが、菖蒲は理由なく人を悪く言う人物ではない。その言葉の続きを大人しく聞くことにした。
「なんか…他人に興味がなさそうって言うか、自分から距離を作ってるように見えて。何考えてるのかわからない…みたいな。話してみれば良い奴なのかもしれないけどさ」
と苦笑している。思わず紗奈はしょんぼりとしてしまい、菖蒲が慌てることになった。
「ああ。悪い。そんなに落ち込むとは思わなかった」
「え? えっとね、別にそういうんじゃないんだけど……。何となく、寂しい人なのかなあ…って。余計なお世話なんだろうけどね」
「好みのタイプだった? 顔とかは、前髪で隠れてるから見えないけど、お前って面食いだろ?」
思ったよりも紗奈が悠の事を気にするので、単純に疑問に思う。
紗奈も、意識しているわけではないのだが、反発…なのだろうか。こんなにも気にするのは、周りの彼に対する態度にムカついていたからかもしれない。
「まあ、さ。とにかく俺はお前の味方だから。からかってくる奴になんか負けんなよ?」
「うん。ありがとう!」
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