第3話 からかい

 羊のキーホルダーを拾ったその翌日。


 朝のホームルームが終わった後に二組の教室に訪れた紗奈は、昨日ぶつかってしまった彼の名前を知らないので、一人一人遠目に顔を確認している。


「北川さん。どうしたの?」

「誰かに用事?」


 出てきたのは男子生徒が何人か。塞ぐように目の前に立たれたので煩わしく思ったが、親切心から声をかけてくれたのだろうし、悪く思うのは良くない。と考えを改める。


 紗奈は持っていた羊のキーホルダーを見せると、男子生徒達に聞いた。


「これを持っている男の子、知らない?」

「羊? 女の子じゃなくて男?」

「あれじゃん? あの眼鏡くん」


 一人の男子生徒が、にやにやと紗奈が不快に思う笑みを浮かべながら、昨日見かけたあの男子生徒を指さした。


 紗奈は一瞬眉を寄せたが、それ以上は何も言わず、スタスタとその目当ての男子生徒に近寄る。


「おはよう」

「えっ…あ、お…はよう…?」


 いきなり目の前に来て笑顔を向けられたので、彼は驚いて言葉に詰まってしまった。


 その様子を見ていたクラスメイトの男子に、彼はからかわれてしまう。


「北川さん見て固まってる」

「ぷぷっ…純情くんダッサいねえ」


 冷やかすような言い方に、紗奈はムッとした。紗奈は嫌なことは嫌。とハッキリ言える子だ。


「人にそんなこと言う方がダサいわよ!」


 キッと睨んでそう言ってみるものの、より一層からかわれてしまうことになった。


「へえ? 北川さんってこんな可愛い物好きの男が好きなの?」

「変わってるー」

「つーか、女に庇われるなんて。眼鏡くんダッセー」


 紗奈のイライラは更に募っていき、表情が段々と険しくなっていく。


 その様子を見ていた目の前の彼は、このままでは良くないと思ったのか慌てて口を開いた。


「あの…! そ、それ…返しに来てくれたの?」


 紗奈が手に持っていた羊のキーホルダー。彼はそれを指さしている。紗奈もキーホルダーを見つめると、ここに来た目的を思い出してそれを机の上にちょこんと置いてあげた。


「…うん。少し汚れてたから綺麗にしたんだけど…勝手な事をしてごめんなさい」

「あ、いや。別に…」


 確かに、昨日よりも色が鮮やかだった。


「…ありがとう」


 今度はきちんとお礼を受け取ってくれるか。と軽く視線をあげると、紗奈はにっこりと笑って受け入れてくれた。


「可愛いね。その羊さん」

「…ありがとう」


 彼は羊を大事に両手で包み込み、もう一度お礼を言う。


「北川さんって本当にそんな奴が趣味なんだ。がっかりだな」


 とある男子生徒がふと、そんなことを言った。


 紗奈はそれを聞くと、またムッと表情を変える。


 確かに彼は瞳が見えないほどに前髪は長いし、制服だからかもしれないが、おしゃれをするような雰囲気もない。今も窓際で一人本を読んでいて、大人しい性格をしているようだった。


 確かに見た感じは地味かもしれないが、大人しいだけで何をしている訳でもない。会話だって成立しているし。さっきだって、紗奈が怒りだしそうなのに気がついて、先に会話を切り出してくれた。


 彼だってあんまり関わってもいない他人に『そんな奴』扱いされる謂れも無いはずだ。紗奈はくるっと、ツインテールが振り回されるのも気にせずに男子生徒を振り返る。


「あなたよりはよっぽど好ましい人柄だと思うわ。あなたみたいな浅ましい人に、私もがっかりよ」


 嘲るようにくすりと笑ってそう言い放ち、紗奈は自分の教室に戻っていく。


 羊を大事に手で包んでいた彼は、紗奈のその強くて凛とした姿を見て、つい笑ってしまいそうになった。また何かを言われると面倒なので、パッと視線を逸らし、紗奈から返してもらった羊のぬいぐるみキーホルダーを鞄に付け直す。

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