不運な遭遇
ジェームズの船捌きは、エレノアの予想を大きく上回るものだった。
エレノア達が乗る小舟は帆に風を受けて進む、所謂帆船である。風向きによって力の向きは変わるため、正確に風を読まねば目指す方向に進まない。しかも風というのは刻々と変化するものであり、また人間が求める方角に吹くとも限らない。瞬時に風向きを読み、目的地に進むための航路を頭で思い描き、そのためにどう帆を傾けるか計算して実施する必要がある。
この簡単ではない行いを、しかしジェームズは難なくこなしていた。こまめに帆の向きを変えているが、悩んでいるような素振りは微塵もない。あたかも呼吸するかのように、自然に操っているようだった。
「凄いですね! 帆船をこれほど上手く扱えるなんて!」
「これでも漁師だからな。良い場所は早い者勝ちだから、少しでも船を速く動かせなきゃ仕事にならねぇ。それに今日の風は読みやすい」
エレノアの誉め言葉に、大した事ではないと返すジェームズ。確かに漁師達からすれば、帆船を操る事は生活の基本であり、取り立てて騒ぐような事ではないのかも知れない。
しかしエレノア達には真似出来ない技術でもある。エレノアからすれば、十分敬意に値する事だ。
「ところで、人魚とどうやって出会うつもりなのですか」
颯爽と船が進む中、イリスが根本的な疑問を投げ掛ける。
ジェームズが請け負った仕事は「人魚に会う」事。ただ人魚が生息する海域に出るだけでは、仕事を果たしたとは言えない。無論危険な海域に行くだけでも相応の手当ては出すべきであり、また
その期待にジェームズは応えてくれた。
「奴等が船を襲う条件は二つある。一つは漁をしている時だ。絶対に襲ってくる訳じゃないがな」
「それは、何故襲ってくるかは分かっていない、という認識で良いでしょうか?」
「ああ。念のため言っておくが、俺達は人魚の奴等には何もしちゃいない。憎んではいるが、海の中じゃ手出しなんて出来ないからな。なのに奴等は何度も俺達を……」
嫌な事を思い出したのか、ジェームズの顔が険しくなる。漁の邪魔をする人魚に漁師が憎しみを抱くのはエレノアも理解するが、だとしても彼の敵意は相当のものだ。ひょっとすると肉親や友人が、人魚によって帰らぬ人となったのかも知れない。
王族として国民の気持ちに寄り添いたい反面、ジェームズの言葉をそのまま信じる訳にもいかない。
ただしそれは、彼が嘘を吐いているという意味ではない。何もしていないというのは、あくまでも人間視点の物言いだ。人間にとっては些末な事……例えば壊れた釣り道具を捨てるなどの行為に怒っている可能性もある。
或いは、人魚的には大した事をしている認識はないのかも知れない。人魚達は海生生物だ。水中で生きる生物であり、水が危険だとは思っていないとしてもおかしくない。船をひっくり返して遊んでいるだけ、遊び相手として人間を水中に案内しているだけ、という可能性もあるだろう。これならジェームズの言葉は嘘ではなく、尚且つ敵対行動の意味も分かる。
どちらかの推測が正しいのか、或いはどちらも違うのか。情報不足の今は判断が付かない。情報を得るためにも、やはり人魚には会わねばなるまい。
「では、此処で漁をするんでしょうか?」
「今言っただろ。その方法じゃ偶にしか現れない。もっと確実な方法がある」
そう言うとジェームズは、船の脇にある『道具入れ』からあるものを取り出す。
それは一本のナイフと、一匹の魚だった。先日エレノア達が食べたマーメイドフィッシュとは別種の、オオボケという名前の魚である。
オオボケは大きな魚で、体長は大体人間の肘から指先ぐらいまでの長さになる。今回ジェームズが取り出したオオボケもそれぐらいの大きさだ。胸鰭や尾鰭が大きく、水中で素早く動くための身体をしている。
特徴はなんといっても大きな口で、体長の十分の一ぐらいある頭が真っ二つになるぐらい裂けている。この口で獲物をバクバクと食べる活発な捕食者だ……あまりにも食欲旺盛なため、適当な切り身を餌にすれば簡単に釣れる事から『大呆け』と言われているのだが。貴重な食料源を見下し小馬鹿にするのは、人間の悪癖だとエレノアは思う。
「オオボケですね。これをどうするのです?」
「バラバラに切って海にばら撒く。人魚の奴等は血の臭いを嗅ぐと狂暴になるんだ。だから俺達は、普通は漁で捕った魚を海では解体しない。港でも捌いた後の内臓は海に捨てず、畑の肥料に使っている」
説明しながら、ジェームズはオオボケを捌いていく。流石は漁師と言うべきか、魚の形を知り尽くした迷いない動きで瞬く間に解体していた。少々切り方が雑であるが、海に投げ込むものだ。小綺麗にする必要はない。
切ったオオボケの身は、海へとばら撒かれる。血抜きもしていない魚だからか、或いは内臓からの出血か。切り身からはじわりと赤黒い血が染み出し、海に広がる。尤も海水は膨大だ。あっという間に希釈され、血は薄れて見えなくなる。切り身自体海に沈んでいき、すぐに見えなくなった。
「後は人魚共がやってくるまで待つだけだ。ま、これだって確実じゃねぇ。人魚が血に気付かなきゃ、ただ魚を一匹無駄にしただけになる」
「大体どの程度の確率でやってくるのでしょうか」
「確率なんて言われても、学がないから俺には分かんねぇが……五回に一回ぐらいか」
イリスが尋ねると、ジェームズは肩を竦めながら答える。
成功率二割。思ったよりも低い、と思いそうになるエレノアだったが、漁師である彼が「漁よりも確実に出会える」と言った方法だ。ただ漁に同行するよりはずっと確実な筈であり、文句を言うのは筋違いだろう。
元より一回目の調査でいきなり人魚と遭遇出来るとは、端からエレノアは期待していない。大自然の中を自由に生きる生物達に、人間の都合など関係ないのだ。会いたいと思い探しても、発見出来たのは年に数匹だけというのはザラ。希少な生物を研究対象にすれば、まずは十分な数の『
海洋生物学者としてまだまだ若手であるエレノアだが、目的の生物と出会えない事など数えきれないほど経験した。人魚に会えない程度で騒ぐ気はない。
だからといってぼんやりしているのも性に合わない。
幸いにして、知るべき事柄は人魚だけではない。この海自体、地元民ではないエレノアにとっては未知の環境だ。生物は環境に適応する形態や生態を持っているというのが、現在の生物学の通説。人魚について知るためには、その生息環境を知る事が重要だろう。
早速、エレノアは船から少し顔を出し、海を覗き込んでみる。
「海なんか見ても、魚は見えないぞ。深いところにいるからな」
ジェームズにはその行動が、小娘が魚を探しているように見えたのかも知れない。確かに魚は全く見えない。
しかしその原因は、ただ深い場所を泳いでいるというだけではないだろう。
「ええ、そうですね。他の海よりも、この辺りは海中の懸濁物が多いのかかなり濁っていますし」
「けんだくぶつ? ……濁っているって、汚いって言いたいのか?」
「まぁ、飲まない方が良いという意味ではそうですねぇ。でも漁場としては悪い事ではありませんよ? それだけ栄養豊かという事ですから」
懸濁物の正体は、一言では言い表せない。例えば目に見えない小さな生物だったり、魚の糞や死骸だったり、粉々になった海藻の破片だったりする。
いずれも生物由来のものだ。そしてこれらは、他の生物の餌となる。小さな生き物の餌が豊富であれば、当然小さな生き物の数は増え、それらを獲物とする魚の数も多くなる。
清らかな水には魚が多くいると人は思いがちだが、実態は逆だ。それなりに『汚い』方が魚は多く、豊かな漁場となる。勿論これは自然環境での話であり、鉱山などで生じた毒性のある汚水が流れ込んだ海は魚どころか小動物も死んでしまう。また汚染が極端になると赤潮などが発生し、やはり魚が棲めない。程々でなければ、真に豊かな漁場とはならない。
要するに、此処は恵まれた海だという事だ。
「……あー、難しい事はよく分からねぇが、地元が褒められているんなら悪い気はしねぇな」
エレノアの説明は、学のない漁師には少し難しかったようだ。生態系を保護するためには利点を説明するのが一番手っ取り早いが、その利点が小難しい話になってしまっては理解してもらえない。
これもまた解決すべき課題だろう。とはいえ今は此処が素晴らしい海だと理解してもらえれば十分だ。
そう、そこは理解してもらえた筈なのだが……どうしてか、ジェームズの表情が優れない。元々明るく笑っていた訳ではないが、「悪い気はしない」と言いながら複雑そうに口許を歪めているのはどうしてか。
「確かに、観光客とかも言っているらしいからな。此処はたくさん魚が捕れる良い海だって。実際俺達も食うには困っていない。ただ、昔はもっと凄かったらしい」
「昔、と言いますと?」
「うちの親父が子供の時もそうだし、親父の爺さん……俺から見たら
ジェームズは半信半疑といった様子であるが、エレノアはその話を信じる。伝聞とはいえ親族からの話なら嘘を吐くとは思えず、事実、昔の方がたくさんの魚が捕れたというのは多くの土地で聞かれる話だからだ。
原因は一つではない。例えば大量に魚を捕ってしまう事で次世代が生まれず、次世代が少ないのに無理して捕るからまた減るという悪循環……つまり乱獲が問題という場合もある。また人間が生活のため森を切り開いた結果、森から流れてきた落ち葉や虫などの餌が減ってしまい魚もいなくなった、という例もあった。豊かな漁場の近くに住もうと砂地を開拓したところ、そこが魚達の産卵場所で、港町が出来た途端漁場が壊滅したというあまりにも愚かしい失敗もあったと聞く。
いずれも人間が自然に手を加え、環境を破壊した結果起きた失敗だ。そしてこういった失敗は、人間の数が増え、技術が発展するほど被害が大きくなっている。産卵場所だった砂浜を破壊した例も、大昔であれば人間が十数人掘っ立て小屋を建てた程度で、大した問題にはならなかっただろう。しかし人間の数が増えて何万人にもなり、安全な船着き場にしようと砂浜をセメントで固めれば、もう魚は卵を産めない。
この海も、彼の父親の時代や曾祖父の時代は人が少なく、未熟な技術力故に破壊や乱獲は小規模で済んでいただろう。しかし今や王国でも有数の観光地。漁獲量や環境破壊は過去の比ではない。漁獲量が減っていく事は、さして不思議ではないだろう。
「人魚が悪さをしている、なんて噂をしている奴等もいるな」
そして人間というのは、不幸の原因が自分だとは思いたくない生き物だ。ましてやその原因が悪い事ではなく、安心や安全を求めた結果であれば尚更に。
勿論、その噂が嘘だと否定するだけの証拠もない。真実の一面である可能性は十分にある。人魚が海洋生態系を破壊する悪魔的生物なら、駆除は(エレノア個人としては納得出来ないが)仕方ないだろう。
「アイツらがいなくなればもっと魚が捕れるとなれば、領主様も退治に積極的になってくれるかね」
「そういった事も含めて、調べていきたいですね」
今のエレノアには、彼の言葉に曖昧な返事しか出来ない。
……このような他愛ない会話で時間を潰したが、中々人魚が現れる気配はない。
何時まで待てば良いのか、というのは簡単には言えない事だ。釣りのようなものだと思えば、十分二十分は待つべきだろう。しかしイリスが懐中時計で時間を確認し、一時間近く経ったと分かれば、流石にそろそろ引き際ではないかと思い始める。
ジェームズも同じ考えなのか、「今日はもう帰るか?」と聞いてきた。日を改めるのも一つの手だろう。
何より長年この海で暮らしてきたジェームズが諦め気味だ。玄人の意見は素直に受け取り、エレノアは一旦港に帰ろうと考え始めた。
「――――エレノア様、ジェームズ殿。何か来ます」
その時、イリスがぽつりと呟く。
エレノアは反射的にイリスの身体に抱き着いた。ジェームズは呆けていたが、漁師としての直感が働いたのか船の縁を掴む。いずれにせよ『何か』に備えた。
そうしていなければ、船が大きく揺れた際に海へと放り出されていただろう。突然の揺れにエレノアは少しばかり困惑してしまう。頭の中が白くなり、考えが纏まらない。
「っ! 来やがった!」
ジェームズが大声で叫んでくれなければ、今しばらくエレノアは思考停止していただろう。そしてその言葉のお陰で、自分の求めていたものが現れたのだと理解。目に、確固たる意識が戻る。
何が、と尋ねる必要はない。むしろ今エレノアが知りたいのは『何処に』の方だ。素早く辺りを見渡すが、何処にも何かの姿は見えない……
そう思ったのも束の間、船近くの海面から激しい水飛沫が上がる。反射的に音がした方を振り向けば、更に一際大きな水飛沫が起きた。その際に生じた波でまたも船は大きく揺れたが、飛沫を見ていれば予測は出来る。今度のエレノアは思考停止に至らず、イリスにしがみつきながら飛沫があった場所をじっと見つめる。
すると、海中を動く微かな影を見付ける事が出来た。
影は非常に素早く、魚のように水中を進んでいく。目で追うのもやっとの速さであるが、影自体が大きいので見失わずに済んでいた。影が急に色濃くなったのは、きっと海面を目指して浮上しているため。
来る。
エレノアの予想は的中し、今までで一番大きな水飛沫と共に、海から『魚』が飛び出した。
否、魚ではない。
上半身は人間、下半身は魚。半人半魚の亜人――――人魚がついに姿を現したのだ。
「くっ……これは……!」
飛び出した人魚はそのまま海面に落下。またも大きな波を起こし、船を揺らす。仮にこれが作戦であるなら、人魚は船を転覆させるつもりなのだろう。船の上でしか行動出来ない人間に、この作戦を止める手立てはない。
エレノアの護衛であるイリスが歯噛みするのも仕方ない。ジェームズも心底忌まわし気だ。対してエレノアは、念願の人魚に出会えて瞳を煌めかせる。
高々と跳んでくれたお陰で全身が海中から出てきたものの、見えたのはほんの一瞬。だから正確とは言い難いが、エレノアは目に焼き付けた人魚の姿を頭の中で組み立てていく。
まず全長は、人間よりも遥かに大きい。上半身(具体的には頭の先から腰まで)は成人女性ぐらいの大きさなのだが、下半身……つまり魚の下半身のような部分が、上半身の一・五倍ぐらいあった。上半身は華奢な少女ぐらいの体格だったが、下半身は大型回遊魚を髣髴とさせるほど太く逞しい。また尾鰭がしっかりと発達しており、恐らく下半身を力強く振るう事で泳いでいるのだろう。
表皮は、魚である下半身だけでなく、上半身も鱗に覆われていた。鱗が大きいお陰で、腕や腹にもあると目視で確認出来ている。また上半身側は上にいくほど、つまり頭に行くほど鱗が少なくなり、青白い地肌が露出していた。
とはいえ顔に全く鱗がないという訳ではない。
青白い顔面に、少量の鱗があるのは実に気味が悪い。顔の造形自体は人間、それも比較的愛らしい少女に近いのも、鱗の異様さを際立たせる。また目は一見して人間的なのだが、良く見れば瞼がない。ぱっくりと開いた空洞に、魚のような無機質な瞳が嵌まっているのだ。いくら少女の顔をしていても、こんな目に見つめられては悪寒が走るだろう。
頭から伸びている髪は非常に長く、腰の辺りまである。髪質がしなやかなのか硬いのかは見た目では分からない。両手には五本の指があったが、指の間には水掻きが備わり、指先は猛獣の爪のように鋭くなっていた。あんな爪で切り裂かれたなら、人間など一瞬で血達磨にされてしまうだろう。
攻撃的で、不気味な姿。噂に聞いていた通りの様相だ。図鑑などで大まかな姿を見ていたエレノアであるが、本物の迫力までは想像出来ず。取り戻していた意識を、今度は感動により手放してしまう。
「エレノア様! しっかりと私にお掴まりください!」
今回意識を取り戻せたのは、イリスの呼び声のお陰だ。
ハッとしながら再びイリスの身体を掴む。イリスが今着ているものは革製の防具、それも水に浸かれば浮き輪代わりになるという一品だ。イリスに捕まっていれば、海に落ちても沈んでしまう心配はない。勿論、人魚がいる海に使っている状態で安全があるのかは分からないが。
それでも多少の安全を確保した。改めてエレノアが海を見た、瞬間、人魚の片手が船の縁をがっしりと掴む。
鋭い爪が船の材木に食い込み、みしみしと音を鳴らす。人魚の手の甲は鱗で覆われているため地肌は殆ど見えないが、それでも筋が浮かんでいると分かるほど力が込められていた。相当強い感情が、この手には宿っている。
尤も、手など見ずとも人魚の顔を見ればどんな感情かは一目瞭然だ。
海面から顔を出している人魚はこちらを睨んでいた。口元を大きく歪め、その奥にある鋭い歯を力強く噛み締めている。
種族は違えども、その顔は怒りの様相としかエレノアには思えない。手に込められた激しい感情も合わせて考えれば、強力な敵意としか表現出来ない。
だが、どうして?
ジェームズがしたのは、エレノアが見ていた限りただ魚の切り身を海に捨てただけ。価値観は種族によって違うにしても、ここまで激しく怒り、敵意を向けてくる理由になるとは思えない。
何故、どうして。理由を考えようとするのは、学者としての性か。しかしエレノアの考えが纏まるよりも、人魚の腕が船をひっくり返そうとする方が遥かに早く――――
その手をイリスが剣で斬り付ける方が、もっと早かった。
「――――ッ!?」
人魚は叫ばない。しかし大きく身体を仰け反らせ、絶叫するように口を開ける。
イリスの剣により手首は切り落とされたのだ。痛みに苦しむのも当然だろう。
「イリス! なんて事……!」
「お言葉ですが、エレノア様とジェームズ殿の安全を守るためにはこれしか手はないと判断しました」
反射的に戒めようとして、けれどもイリスの反論にエレノアは口を閉ざす。人魚が何故敵意を向けてきたのか、その原因すらエレノアは分かっていない。イリスが言うようにこのままでは船は転覆し、最悪死んでいただろう。彼女の行動を責める権利など、自分にはないとエレノアには分かる。
それに、イリスのお陰で一つ新たな情報が得られた。
人魚が人間に向ける敵意が、エレノアが思っているよりも遥かに強烈である事だ。片手を失い、今も出血が止まらないのに、人魚は激しい敵意の形相をエレノア達に向けている。しかも逃げ出すどころか後退りもしていない。まだこの場に留まる気なのだ。
また攻撃してくるつもりか。エレノアが予感した事を、騎士であるイリスが気付かぬ訳もない。改めて剣を握り、また近付けば斬るという覚悟を示す。しかしそれでも人魚は引かないどころか、改めて迫ろうとする。
それを止めたのは、海中から現れた新たな人魚だった。しかも一体だけではなく、三体も。
「! また人魚が……」
イリスは一層警戒心を強めたが、すぐにその必要はないと分かる。
三体の人魚は、エレノア達を襲った人魚を取り囲んだのだ。叫んだり鳴いたりはせず、ただただ互いの顔を見合うだけ。その表情は人間に向けていたものと違い、物悲しげに見えた。
果たしてそれは彼女達の会話なのか、或いは命令なのか。人間には分からない『意思疎通』を経ると、人魚達が一斉にこちらを見る。
全員が激しい敵意を露わにしていた。
されど一斉攻撃を仕掛けてくる事はなく、人魚達は海中へと潜っていく。薄っすらと見える影も小さくなり……すぐに見えなくなった。
勿論水中を見通せない人間の目を潜り抜ける事など、水生生物である人魚にとっては造作もない。油断させたところで奇襲を仕掛けてくる可能性もある。イリスがしばらく警戒を続けていたのは万一に備えての事。尤も、何分経っても攻撃は再開されず、大波一つ起きなかったが。
「……どうやら助かったようです」
「へ、へへ。人魚共め、ざまぁないな!」
イリスは安堵の息を吐き、ジェームズは嬉しそうに笑う。忌々しい人魚が手を切り落とされた事が、それだけ嬉しかったのだろう。
表情を暗くしたのはエレノアだけ。
人魚達が見せた行動の意味を考えると、明るく笑う事は出来そうになかった。
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