第6話・月一回から二回の例のアレ……それが、二人の弱点となった。テ・ルルとアンチモンの姫と王子の子作り阻止

 中ノ小国の町で連夜続発する、若い娘だけが襲われてプラーナを吸われて、ミイラのようなカサカサ肌になるという奇怪な事件。


 その怪異と並行して、新居宮殿の辰砂姫とセシウム王子の新婚夫婦にも、異変が起こりはじめていた。

 突然、辰砂が寝室の寝台を二つに分けて薄い絹のカーテンで仕切りたいと、セシウムに言ってきた。

 毎晩、イチャイチャと手を握り合ったり。着衣のまま抱擁して〔裸で一緒に眠るコトは、テ・ルルとアンチモンから厳禁されていた〕寝ていたセシウムが、不思議そうな顔で辰砂に訊ねる。


「どうしてですか? こんなに愛し合っているのに……別々の寝台ベットで手も握らずに眠るなんて耐えられません……理由を教えてください、どこか具合が悪いのですか? 町の名医を宮殿に呼んで、診察してもらいましょうか?」


 顔色が悪い辰砂は、首を横に振る。

「すみません、今はわたしのワガママを聞いて、別々の寝台で寝てください」

「もしかして、わたしのコトが嫌いになったのですか?」

「そんなコトは決してありません! 辰砂はセシウムのことが大好きです……いつも愛しています」

「では、どうして……辰砂と離れて眠るのは辛いです……理由を聞かせてください」

「今は何も聞かないでください、わたしも心身が落ち着いて……話せる時が来たら、すべて話しますから夜だけ別々に。それまで、これで」


 辰砂は、赤い紐の端をセシウムに持たせる。

「夜、眠っている間はこの紐の端を互いの手首に縛って眠ってください……朝になれば元気になって、またセシウムとイチャイチャしますから」

「わかりました、辰砂を信じて愛します……離れた寝台で眠っていても、心は赤い紐で繋がっています」

 この夜から、辰砂とセシウムは互いの手首を赤い紐の端で結んで眠るようになった。

 夜中にセシウムが、辰砂の寝台の方を見ると、手首に結んだ紐の輪だけが残っている時もあり。

 朝になると辰砂は、寝台にもどって眠っている、そんな生活がしばらく続いた。


  ◇◇◇◇◇◇


 昼間──中ノ小国の宮殿の中庭の木陰で、辰砂とセシウムはイチャイチャと寄り添っていた。

 少し顔色がいい、辰砂とキスをしてからセシウムが辰砂に訊ねる。

「そろそろ、真相を話してくれませんか……町で若い娘が深夜に生気を吸われる怪異が、頻繁に続発していると聞きます……もしかして、闇の属性と関係があるのでは?」

 顔を上げて、青空に浮かぶ白い雲を眺めながら辰砂が言った。

「これ以上、沈黙を続けるのはムリのようですね……わかりました、お話しします」

 辰砂は、結婚してセシウムと行動を共にしているコトで、体質変化が起こっていると伝えた。


「吸血種の闇の力が強まり、生体エネルギー『プラーナ』を体が強く求めるように体質が変わってしまいました」

 辰砂は,喉の渇きを癒すように、プラーナを体に入れないと闇のパワーが発揮できなく……乙女の肌を傷つけて、生き血を吸っているワケではないとセシウムに告げた。


「プラーナを奪うのが若い娘ばかりなのは? なぜ、男は襲わないのですか?」

「殿方を襲うのは、なんとなく浮気をしているようで気が引けて……わたしが愛しているのは、セシウム王子一人だけですから」

「若い娘のエナジーだけで、足りていますか?」

 首を横に振る辰砂。

「ぜんぜん、足りません……もっと、強いプラーナなら一回の摂取で済むのですが」

「だったら、わたしのプラーナ生気を吸ってください」

「でも、それではセシウムの体が……」


「わたしは、太陽神の末裔です。無尽蔵の生体エネルギーを持っています大丈夫です。吸われた直後は少し疲れるでしょうが。さあ、わたしのプラーナを思う存分吸ってください」

「では、遠慮なく」


 辰砂が、セシウムの首筋に唇を近づけてかプラーナを吸う。

 辰砂に生体エネルギーを首筋から吸われているセシウムは、恍惚とした表情でエクスタシーを感じる。


 プラーナを吸っている辰砂の方も恍惚とした表情で、セシウムの濃厚で熱いプラーナを吸っている。

「うぐッうぐッ……セシウムのプラーナ、濃厚で美味しいです……はぁぁ、幸せです」

「わたしも、幸せです……もっと強く吸ってください……あぁぁ」

 セシウムの頬に、太陽の黒点のようなシミが現れる。


 この瞬間、二人は強い愛のエクスタシーを共有していた。

 セシウムの生体エネルギーを吸い終えた辰砂が、唇をセシウムの首筋から離して両手を合わせて言った。

 辰砂の唇の端から、生体エネルギーが可視化された、透過光の筋が辰砂の顎先にまで伝わっている。


「ごちそうさまでした……今まで吸ったプラーナの中でも最高級の至高の味の生体エネルギーでした、おいしゅうございました」

 プラーナを愛する者に提供して、少し疲れた表情のセシウムが微笑む。


 セシウムの頬には、吸われている時に出現した、太陽の黒点のようなシミが徐々に消えて美男の顔にもどる。

 セシウムが言った。

「お粗末さまでした」


「セシウムのプラーナなら、月一回か二回吸えば若い娘を襲わなくても済みそうです」

「それは、良かった……吸いたくなったら、いつでも言ってください」

「はい、セシウム愛しています……んッんッ」

 辰砂とセシウムは、抱き合うと互いの愛を確かめるキスをした。


 そして、プラーナの吸引行為が行われている時間は、辰砂姫とセシウム王子は完全に無防備状態になって……二人の唯一の弱点となった。


  ◇◇◇◇◇◇ 


 中ノ小国、数日後──みかどの軍も、しばらく攻めて来ないみたいなので。

 辰砂とセシウムは、テ・ルルとアンチモンに促されて、中ノ小国の市場街へとやって来た。

 長銃を背負った、迷彩メイド服のテ・ルルが言った。

「いいですか、お二人さん……あたしたちから、離れたらダメデス。市場は危険がいっぱいデス」

「うふっ、わかりましたわ……あら? 道の真ん中に地上歩行の小鳥が二羽。あらら、一羽の小鳥がもう一羽の背中に乗って? なんですかアレ? 小鳥の曲芸ですか?」

 ハッとしたテ・ルルが、血相を変えて発情期の小鳥に向かって突進しながら叫んだ。

「失せろ! 小動物! 姫と王子の視界から消えるデス!」

 まんまる体型の飛べない小鳥は、テ・ルルに蹴飛ばされて空の彼方に飛んでいった。

 額に吹き出た汗を、手の甲で拭うテ・ルル。

「ふーっ、危なかったデス」


 姫と王子からかなり離れたテントで、並べた雑貨を売っている店主の男性と。

 知り合いらしき男性が、会話をしている声がアンチモンの地獄耳に届く。

「この間の、姫と王子が帝の軍を撃退した戦いは、いい迷惑だよ……相当数の畑や田んぼが被害にあって収穫できなくなった」

「そうそう、オレの畑もあの戦いで全滅だ……疫病神だな、突然国を治めるコトになった。あの姫と王子は……結婚祝いで、小国を子供に与える親もどうかしている」


「畑や田んぼが戦乱被害にあって、農作業ができない小国民に援助金が出てもなぁ……夜にやるコトがなくなれば、既婚の男なんざ、暇な夜に寝室で女房と一緒にやるコトは決まっているよな」

「そうそう、オレの家は子供は男一人に女一人だけれど。今夜あたり寝室で女房と一緒に弟か妹を作ろうかと……」


 土煙をあげて、男たちに向かって疾走してきた、アンチモンのダブルラリアートが。

 雑貨売りの店主と、店主の知り合い男性の喉元に炸裂する。

「ぐぇ⁉」

「おごっ⁉」

 吹っ飛ぶ鍋やフライパン。

 アンチモンは、店主の両足をつかむと、転生超人プロレス技の【転生ジャイアントスイング】で店主の体をグルグル振り回すと、そのまま空の彼方へと店主の体を放り投げた。

 意識を失った店主の体が、キリモミ状態で飛んでいく。


 地面に倒れた意識を失った状態の、店主の知人男性を後方から抱える格好で、無理やり立たせたアンチモンが男性の耳元で囁く。


「しっかり立てよ……これから、おまえに転生超人プロレス技の【転生パイルドライバー脳天杭打ち】を、かけるんだからな」


 そう言うとアンチモンは、男性の体を後方から抱えたまま上空に天高くジャンプして。

 そのままの勢いで、アンチモン式【空中脱水回転・垂直落下型パイルドライバー】を炸裂させた。

 激突の瞬間、アンチモンの声が響く。

「忘れろ! 姫と王子のために!」

 大地のマットに半分頭がめり込んだ男性の口から「グフッ」と声が漏れて。

 男性は子作りの手順をすべて忘れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る