二ノ夜 もう一人の自分

自分が大学生の頃の話です。


当時自分は、パチンコ店でアルバイトをしていました。バイト先は大学と実家の中間地点にあり、電車で大学まで通い、帰りにバイトして帰るという生活を送ってたんです。


元々母子家庭でお金が無かったんで、一応県内の企業で就職は決まってたんですけど、免許取るのにお金が必要で、だから時給の良いバイト先をってことでパチンコ店にしたんです。


仕事内容は単純で、インカムつけて店内を練り歩いて、お客さんの灰皿交換したり、出玉を交換したりとか。慣れてきたら店内アナウンスで新台の紹介とかもしてましたね。

自分は打たないんで、やり方とかどの台が出るとか全然わかんなかったんですけど、結構楽しかったですね。たまにお客さんからチップ貰ったりして。


その日は確か11月の終わり頃だったと思います。丁度20時に差し掛かるくらいで、後二時間で終わりかあとか思っていたら、インカムで副店長から「◯◯君ちょっと事務所まで上がってきてくれる?」て呼び出されたんです。


何かしでかさない限り副店長クラスの人から呼ばれることなんて無かったんで、内心びくびくしながら上がったら「お母さんから電話かかって来てるよ。」って言われて電話機を渡されたんです。


どうして母が?と思ったんですけど、取り敢えず出てみると「あんた今どこにおるん?!」って結構切羽詰まった感じの母の声が電話口から聞こえました。

内心何言ってんだって思いながら「いやいや、バイト先にかけて来よんやからバイト先に決まってるやろ。」って答えたら母も我に返ったみたいに「ああ、そりゃそうか。」て納得したようでした。


ただ、それでも「じゃあ会社におるんでええんやね。」ってなおも念を押すように言われたんで「どしたん、なんなんこの電話?」って流石に困惑しながら尋ねたら「いや、おるんならええわ。」と言って電話を切られたんですよ。


その日自分、家にスマホを忘れていて、だから用事があって母がバイト先に電話してきたのは理解できたんですけど、それにしても変な電話だったなって。

モヤモヤは残りましたけど取り敢えずバイトの途中だったんで副店長にすいませんって言ってホールに戻りました。


バイトが終わって帰ったのが23時くらいですね。リビングの扉を開けると母がソファの上で寝ころびテレビを見ていたので、早速さっきの電話は何だったのかって聴いてみたんですよ。


そしたら、母が家に帰ってきたのが19時30分くらいで、その時キッチン側の窓から明かりが漏れているのが見えたらしいんです。

電気消し忘れたかなあと思い、駐車して勝手口の方に回ったら息子の、まあ用は僕の声が聞こえたらしいんですよ。

どうやら誰かと電話しているような感じだったんで、切りの良いタイミングでドアをノックし、買い物の荷物が多いから運ぶのを手伝ってくれって頼んだんです。


けど、また無視して電話を始めたんで今度は少し強めに「ちょっと早く開けてくれ」って頼んだですけどやっぱり開けてくれない。

その後も何度かドアを叩きながら開けろと言ったけど、一向にドアを開けてくれる気配が無く母もだんだん腹が立ってきたみたいで、「もういい!」って怒りながら、自分で荷物抱えて玄関から家に入ったんですよ。

そうして、文句言ってやろうと思いながらキッチンまでの廊下を歩きバッと扉を開けたんです。


そしたら、さっきまで確かについていた筈の電気が消えていて、部屋が真っ暗だったらしいんですよ。


それどころか僕の姿も見えないから、名前を呼びながら家中探したけど誰も居ない。何だったら誰かが部屋に居たような痕跡すら残っておらず、椅子もテーブルの上の小物とかも、そのままになっていたらしいんです。

それで怖くなって自分に電話したけど出ないから、慌ててバイト先に掛けてきたとのことです。


話を聴いてなんだそれって自分も少し怖くなったんですけど、母の方は「まあ気のせいだったんでしょ。」と余り気にしていない様子だったので、

自分も追及することはせずに、さっさとごはん食べてお風呂に入って、自室に戻りました。


スマホはベッドの枕元に、充電器に刺さったままでした。翌日バイトが休みだったこともあり、寝転がってスマホをいじりながらごろごろしていました。

流石に眠くなってきたんで、そろそろ寝ようと電気を消そうとした時、ふとさっき母が言っていた言葉を思い出しました。


家に固定電話は無いため、電話しようと思ったら各々のスマホからになります。母は確か、自分が誰かと電話している声がしていたと言っていました。もしかしたらと思って自分のスマホの通話履歴を調べてみたんですよ。


そしたら残っていたんです。母が帰って来たくらいの時間に自分のスマホから誰かと通話していた履歴が。


しかも、その電話番号は登録されていない全く見ず知らずの番号で、当然スマホは家に忘れていたし何よりその時間はバイト中だったので、自分が掛けたなんてことはありません。


じゃあ一体誰が...と考えたらゾッとして、今にもその知らない番号から電話が掛かってきそうで怖くなり、電源を切ってスマホを放り投げ部屋の電気を着けたまま一夜を過ごし、翌日携帯ショップに行ってスマホも電話番号も丸々変えました。


それ以降、実家で同じようなことに遭遇しことはありませんし、後にも先にもあのような体験をしたのはその日が最後です。


今思うと不思議なのはソイツはどうやってスマホのロックを解除したのかということです。

当時は指紋認証でロックを掛けていたので、自分以外は絶対に解除できない筈なんです。一応本人以外知り得ない質問を答えることで解除できますが、それも絶対に自分以外はわからない答えなんです。


ドッペルゲンガーとかもう一人の自分とかって聞いたことありませんか?噂だとそれに会ってしまうと命を奪われるとか、あるいはソイツに成り代わられてしまうとか。


母はあの時、自分が誰かと電話する声が聞こえたと言いました。


もしソイツが自分のドッペルゲンガーだとしたら、本当に会わなくて良かったと思います。もしソイツに会ってしまっていたらと考えると、ゾッとせずにはいられないですからね。


   (Y県I市Kさんの譚)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る