第2話 里帰り


「いや、すっげぇなぁ。マジでザ・廃村って感じ」


「ホント当時の生活とか想像出来ちゃうレベルだもんな」


 そんな声を溢しながら、皆は目の前に広がった家々に侵入していく。

 帰りたい。

 正直、そう思った。

 なんだろう、とにかく“変だ”と感じたのだ。

 ここって、有名な心霊スポットなんだよね?

 確かに距離はあるし、山奥まで歩かないといけないってのは分かるけど。

 でも、異常に昔のまま“残り過ぎている”気がする。

 その違和感を感じ取ってからは、どんどんと普通の心霊スポットとの違いに気が付く事になる。

 まず、あまり荒らされていないのだ。

 民家なんて、本当にそのままって雰囲気で。

 古い家屋だから、確かに怖いっちゃ怖いが……そう言う意味での怖さしかない。

 しっかりと、残っているのだ。

 原型としても、歴史としても。

 普段だったら絶対こんな感想は残さないだろう私でも、そう思ってしまうくらいに。

 “古い時代”がそのまま残っているかの様。

 たまに焼け焦げた様な家屋なんかも見られ、コレが噂のアレかなんて盛り上がったりもしたが。

 何となく、分かった気がする。

 ここ、場所自体が気持ち悪い。

 大規模な山火事だと言っていたのに、何故こんなにもハッキリと焦げた家と綺麗な家が分かれている?

 状況によって、当時の場所や状態によって。

 色々考えられるのは確かだが。

 それでも、何か変なのだ。

 しかも。


「おっ! ここの家に住んでた人は運が良かったんかな? 全然無事じゃん。家もしっかりしてるし、お邪魔しまーす!」


 そう、不思議とあまりにも無事な家が存在するのだ。

 しかも……何て言うか。

 確かに古い場所だから荒れている、それは間違いない。

 でも、“綺麗”なのだ。

 何故そう感じるのか、自分でも不思議に思ったが。

 そうか、ココには……来客の痕跡がほとんど無いんだ。

 普通の心霊スポットだったら、ゴミだったり落書きだったり。

 色々な“訪れた人の痕跡”が残されている。

 でもこの場所には、この廃村にはソレが無い。

 普通だったら家の壁に落書きとかあってもおかしくないし、最近の商品のゴミが転がっていてもおかしくない。

 だと言うのに、この場所には。

 本当に何も無いのだ。


「あの、さ。そろそろ帰らない? 何か暗くなって来たし」


 ポツリと呟いてみれば、屋内を散策していた友達は揃って私に視線を向けて来た。

 もう、これはアレだろう。

 ビビッて声を上げたと思われているのだろう。

 そんな事を思いながら、彼等の事を見返していれば。

 あれ? おかしいな。

 二人しかいない。


「え? あれ? もう一人は?」


「はぁ? 何言っての、俺等元々三人だったでしょうが。俺とコイツ、そんでお前。どしたの?」


「あれあれ? 何か見えない人でも見えちゃったぁ? ビビッちゃったのかなぁ?」


 ふざける二人に視線を送りながら、思考を回した。

 アレ? そうだっけ?

 私達、結構大人数だからって大きな車を借りたんじゃなかった?

 三人だったら、それこそ軽自動車でも乗れた訳だし。

 そんな事を考えている内に思考に靄が掛かり、どうでも良くなった。


「ビビッてないし! かび臭いし何にもないから次行こうって言ってんの!」


 声を荒げて言葉を紡げば、彼ら二人は笑いながら私の意見に従ってくれた。

 何かもう嫌な感じがするので、帰りたい気分ではあるのだが。

 それでもノリノリで次の建物に侵入する彼等を止められる筈も無く。


「あぁもう、ここ見終わったら帰ろうよぉ! トイレも無いんだよ!?」


 冗談みたいに叫んだ瞬間。


『帰れナイよ?』


 耳元で、そんな声が聞えた気がした。

 ゾッと背筋を冷やしながら飛び退いてみれば、そこには誰の姿形も無く。


「どしたー? いくぞー?」


「う、うん! ちょっと待ってー!」


 私は、彼等の後に続くのであった。

 何か、何かがおかしい。

 そんな気はするのに、その何かが分からない。

 非常に気持ちの悪い感覚を胸に抱きながら、私は彼等と共に次の廃屋へと足を踏み入れるのであった。


――――


「ねぇ、どうすんのこれ」


「どうすっかぁ」


 廃屋を調べている内に、急な雨が降り始めた。

 山の天気は変わりやすい、なんて話は聞いた事があったが。

 流石にコレは予想外だ。

 土砂降りの雨。

 絵に描いた様な夕立で、雷まで鳴り響いている。

 とてもでは無いが、この天候で走って車まで戻ろうとは思えない訳で。

 私達は心霊スポットの家屋の軒下に退避し、雨風を凌いでいた。


「まさかこんな所で雨宿りする事になるとはなぁ」


「笑えないっての。普通の場所だったらまだ良いけど、ココ心霊スポットだよ? しかも妙に暗くなっちゃったし」


 何てことを言いながら、隣に立つ彼を眺めてみれば。

 相手はあまり反省している様子はなく、ケラケラと軽い笑みを浮かべていた。

 全く、この状況で何を笑っているのやら。

 などと思いつつ、改めて家の中へと視線を向けてみると。

 やはり、あまり荒らされていない室内。

 いや、荒れてはいるのだが。

 それでも“普通の心霊スポット”と比べれば綺麗だと思える。


「ねぇ、ココってホラーゲームの題材になった場所なんだよね? 内容は?」


 ポツリと、そんな言葉を残してみれば。


「そうね、基本ゾンビゲーみたいな雰囲気だけど。空間その物がおかしいっていうか、そういう感じで。結構怖いよ? 今度やってみる?」


 ニカッと笑いながら、彼はそう答えた。

 でもその周りに、誰の気配も感じないのだ。


「私達、二人でこの場所に来たんだっけ?」


「何言ってんの、今更。こっちはデートのお誘いのつもりで言ったのに、OKしてくれたじゃん。俺マジで嬉しかったんだから」


「そう……そう、なんだ」


 視線を逸らしてから、背後の畳の部屋を見渡した。

 いや、本当に綺麗に残ってるモノだなぁ。

 心霊スポットなんて言われるくらいなのに、こんなに畳が綺麗に残ってるなんて。

 なんて事を考えた瞬間、違和感に気が付いた。

 そんな事ある訳ない、馬鹿か。

 私の後ろには綺麗な畳が広がっており、部屋の境にある障子から光が漏れている。

 廊下の先、向こうには誰かが居るみたいに。

 そして何より、トットットと。

 誰かの足音が近づいて来ているのに気が付いた。

 何かが居る、それだけでも異常だ。

 だと言うのに、まるで招かれた家で寛いでいるかの様な気分になっていた私自身に怖気が走った。

 私は今、何をしている?

 この場この時に、私達は何故心を安らげようとしてるのだ?

 台風みたいな雨風から身を守る為に屋根の下に入った、それだけだった筈だ。

 だというのに、何故向こう側からやってくる何かに心許しそうになった?

 そう、まるで。

 友達の家に来て、相手のお母さんが飲み物を持って来てくれるくらいの安心を覚えてしまったのだ。


「逃げよう! 今すぐ! 早く!」


「え? 何? だって村の皆も……」


「何言ってんの!? 私達はココに“遊び”に来たんだよ!? 帰るよ! 早く! 急いで!」


 縁側でまったりしていた彼を引っ張って、私達は山道を走り出した。

 いや、おかしいのだ。

 だってそもそも私達は“心霊スポット”に来ていた筈なのに。

 さっきまで、まるで実家に居る様な安心感を覚えていた。

 まるで、ココが出身地みたいな。

 違う、絶対違う。

 私達は他所の地の出身だし、こんな所初めて踏み入ったというのに。

 なのに、何故?

 様々な思考が飛び交いながら、私は彼の手を引いてとにかく走った。

 早く、早く。

 この村を抜けて、車に戻らなくちゃ。

 そんな事を思いながら、やっとの思いで鬱陶しい木々を抜けてみれば。


『あぁ……貴女にハ、警報が聞えなカったのネ』


 耳元から、そんな声が聞えて来た。

 ゾッと背筋を冷やしながら振り返ってみれば、そこには。


『聞こエないなラ、仕方なイ』


 記憶には無い、女の子が立っていた。

 目を見開くみたいにして、それでも私の事を睨むみたいに。

 そして。


『警報が聞えたラ、帰らナいと。今度は、聞こエルと良いネ』


 ニィィと口元を歪めながら、彼女は笑っていた。

 あまりにも常軌を逸した光景。

 視覚で認識するだけでは、脳みそが追い付かない表情。

 それくらいに、彼女は大きな瞳を開いて笑っていた。


『バイバイ、またね』


 その言葉だけはしっかりと耳に残った。

 彼女が言っていた言葉の意味が何だったのか、その時の私には理解出来なかった。

 必死で友達の腕を引っ張り車まで逃げ帰って、そのまま東京に逃げ帰った。

 そこまではしっかりと認識しているのだが。

 妙に……心に引っかかりを覚えるのだ。


「何だったんだろう……」


 この言葉を呟くのも、何度目になるだろうか。

 不思議な経験をした、その程度だったら良かったのに。

 どうしても心に残り、私はあの場所が舞台に描かれたというゲームと映画を友人から借りた。

 そして、理解したのだ。

 多分コレを作ろうと考えた人は、“アレ”に近いモノを見たのだろうと。

 あの子は、あの“人達”は。

 今でもあの場所に住んでいて、ずっと私達を待っているのだろう。

 そう思うと、妙な懐かしさを覚えるのだ。

 あの時一緒にいた彼と話をしても、やはり同じ感想を抱いているらしく。

 不思議と懐かしいという感覚に陥って、怖い記憶だったと思えなくなっていった。


「また今度の休みにでも、顔出してみるよ」


 まるで実家にでも帰る様な気軽さで、彼はまたあの場所へと向かった。

 もう一度あの場所へと一人で向かって、未だ帰って来ない。

 多分、“皆”と上手くやっているのだろう。


「本当に、不思議な場所だったなぁ……」


 呟きながら、彼のデスクを眺めた。

 まるで最初から誰も居なかったかのように、空っぽになってしまった机。

 そんな席が、四席もあるのに。

 誰も気には止めず仕事を続けているのだ。

 本当に、不思議なモノだ。

 人が足りないと言っているのに、この四席に誰かを補充しようとはしないのだから。

 本当に何がどうなっているのやら。

 あぁそういえば、最近忙しい私にも趣味が出来た。

 心霊スポット巡りだ。

 動画に撮って、何かが映っていないか確認したり。

 はたまたネットに上げてみたりすると意外と反響がある。

 そして今度の休みには、ゲームの題材にもなったという『集落』に行ってみるつもりだ。

 きっと反響だって凄い筈、今から楽しみで仕方ない。

 そんな訳で、次の休みの為に私は今日も仕事を頑張るのであった。

 何だかココ最近仕事が増えた気がするけど……これも人手不足と言う事なのだろう。


※※※


 如何だったでしょうか?

 人によっては「はて?」という感想になったかもしれませんね。

 しかし、事実とはそんなもの。

 場所によっては、踏み込んだだけで段々と認識が変わってしまう様な不思議な事もあるそうです。

 遊びに行っただけの筈が、何故か心霊スポットに住み始めてしまう、なんて話もあるくらいですから。

 その集落は、かのホラーゲームや映画によって有名となりましたが。

 それまでは、ただの廃村だったそうです。

 地元の人にとっては、本当にただの廃墟。

 気味が悪いなんて話は、詳しい人じゃない限り話題にも上がらなかったそうな。

 事実出身地が秩父だという人に話を聞いても、そんな場所があったのかと驚く程です。

 はてさて、そんな場所があるのに地元民ですら知らないとはどう言う事なのでしょう?

 心霊スポットに興味が無かった、それだけなら理解出来ますね。

 しかしながら話題に上がった、まさにその時代を生きている人間ですら知らないとなると……何やら人の意志を感じませんか?

 コレだけは、噂を広めてはいけない。

 あの場所には、立ち入らせてはいけない。

 そんな風に感じはしますが……今となっては手遅れなのでしょうね。

 何たって、コレだけ語れる場所になってしまったのですから。

 これからも多くの人が足を運び、聖地巡礼とばかりに覗きに行くでしょう。

 でも、気を付けて下さいね?

 田舎のサイレンなんて、意外とそこら中から聞えるモノですから。

 警報、防災無線、探し人のお知らせ等など。

 それが現実のモノなのか、それともおかしなモノからの呼び声なのか。

 しっかりと聞き分ける事です。

 だって怪異は、どこにでもあり“発生”するモノですから。

 あると信じる人が居れば生まれ、あまりにも多くの想いが募れば具現化する。

 ソレが、“怖い話”というモノです。

 さぁ、ここまで聞いて。

 アナタはその場所に踏み込もうと思いますか?

 正直お勧めは致しません。

 だって実際、世界に忘れられてしまったかの様に。

 戻ってこない人達だって、多数居るという話ですから。

 彼等は今、どこで何をしているのでしょうね?

 私には、こうして語る事しか出来ませんから。

 例えその話をした人が、翌日から居なくなってしまったとしても。

 誰もが忘れてしまっても、こうして一人くらいは覚えているモノです。

 彼女もまた、良く無いモノを聞いてしまったのでしょうか?

 ソレを知るモノは、多分この世には残っていないのでしょうね。

 でも、お気をつけて。

 気軽に踏みこめば、次に何かを聞くのは……アナタかもしれない。

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その警報、アナタには聞こえましたか? くろぬか @kuronuka

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