第28話 そして、その日が来た・・・

「私は、もうだめです。」

「ち、父上・・・。」

「何を弱気なことを・・・。」

「自分の身のことはよく分かっております。我が娘は既に私を超え、セーレ大公に千万倍する才があります。あの者は、恐れ多くも、神の使命を受けた陛下に立ち向かおうとし、無法を行っております。王国には、その彼以外にはおりません。かの小人を倒し、正統な者が国王の座に就く時です。娘よ、陛下のことを頼んだぞ。」

「父上。」

「・・・。」

 ぺリエル大公領公都大公宮の一室で、前宰相は危篤の状態だったが、意識はしっかりしていた。主である大公と娘に、今後のことを指示し、

「私の目には、聖人の世を治める陛下とそれを助けるお前の姿がありありとして、みえておる。陛下、ですから、心残りも心配もありません。ああ、先の陛下がお迎えに来られました。では・・・。」

 そのまま目を閉じ、二度と開くことはなかった。

「父上―!」

 父親である元宰相の、まだ温かい遺体の上で、ぺリアル大公サマエルは、泣き続け絶叫する軍師ハラリエル・アンドゥを抱き起し、それから抱きしめた、初めは強く、しばらくしてやさしく抱きしめた。

「泣くな。おのれの父親が見たものを、見た夢を、実現させるのが、俺達で実現させるのが役割だ。泣くのは、うれし涙で、それからだ。」

「はい。」

 それからしばらくして、二人は、長い口付けを交合わせていた。その翌日だった、 ぺリエル大公から王都に向け、召喚の拒否、そして、王室の佞臣セーレ大公の排除、処分の要求、それがなされなければ自ら兵をあげて、これを討つとの親書が発っせられたのは。


 王都の王宮の大広間で、

「もはや、セーレ大公の無法は明らか。国家の忠臣であるぺリエル大公を罪とすることなど、非道といわずしてなんだろうか。もはや、このようなところにはおられない!」

と大声で叫び、数名の同調する貴族達を従えて、国王に背を向けて大股で歩み去ったのは、小柄なウァル大公、四大公家の一つで、唯一水軍の家柄で元々独立、離反思考が高い、だった。現在では、王国海軍に比肩するものではないが、それなりの海軍力を持ち、往事の勢力はこれまたないが、海賊たちとの関係を持ち、合力すれば王国海軍が真剣に対応しならなければならないだけの戦力に成りうるものであった。セーレ大公家も海軍を保有していたが、それよりもかなり劣っていた。国王の王国のベリアル大公の要求拒否、討伐宣言の場でのことだった。

 "原作では、抗議の声を上げるのも、立ち去るのも、ファーレ大公の爺さんも加わっていたんだよな。それに、理由も違うな。前国王の暗殺による簒奪者討伐を宣言し、兵をあげたぺリエル大公を謀反として、討伐の軍を差し向けることに抗議しての退場だったよな。そもそも、俺はここにいなかったわけだが。"と王座に近い場所でファーレ大公と並んでいたラミエルは思っていた。

「いよいよだな、セーレ大公殿。しかし・・・お主の言ったとおりになったのう。」

とのファーレ老大公に無言でうなずく、セーレ大公ラミエルだった。

 間が抜けたように、その直後に国王の書記官長により、討伐の宣言が発せられた。


「国王陛下。頑張ってください。」

 物陰に隠れて、耳を立てながら、アナフィエラは、心の中で叫んで、神に祈りを捧げていた。このごに及んでも、ぺリエル大公を宥めるため、セーレ大公を処罰してはと、軍の幹部が国王に進言しに来たのである。

「巨漢の男が怖いから、ひ弱な子供に罪を着せた男を、巨漢の男が信頼してくれるだろうか?」

「しかし、ペリエル大公を討伐するとなると、国内で大公の側に立って反旗を翻す者達が…また、

近隣諸国の侵攻が…。」

“ま~だ、食い下がるつもり~?陛下、なに躊躇しているのですか?”アナフィエラは飛び出したい衝動を必死に抑えた。

「セーレ大公領が無防備になるぞ。ペリエル大公の進撃も、近隣諸国の軍の侵攻も容易になろう?」

「そ、それは…あくまでセーレ大公を処分するのであって…。」

「セーレ大公領の領民が、大公を処刑されて大喜びで、王家、国に感謝感激、身を捧げてくれると言うのかね?」

「処刑などと…。」

「ペリエル大公が、形だけの処分で矛を収めると?」

「…。」

 彼は、拳を握り、その爪が肌に食い込み、血が流れ出た。もちろん、それはミカエル国王のことではない。

“よく言って下さいましたわ、陛下!あの馬鹿…単なる馬鹿か、監視しておかないとね!リストに書いておかないと。”とアナフィエラ王妃。

 隠れていたところから出てきた、愛妃を見て、“ちゃんとやったよ。”と思い、心の中で胸を張る一方、“これで本当によかったのだろうか?ラミエルに我慢してもらって、謹慎くらいの形式的な処罰で全てを無事にできないだろうか?”そんな思いを抱くミカエルをアナフィエラは感じて、

「陛下。ラミエル様と義姉様が、陛下を、国を思い、守ろうとしているのですよ。それを、分かってくださいまし、お忘れにならないように。」

と歩みよって優しく抱きしめた。

“この方、人を死なせたくないと思っておられるだけ…お優しいのだ…でも、今はそれでは駄目なのよ。…義姉様…、私達を、国を頼みます。”彼女は、そう思いつつ天を、実際は天井を見上げた形なのだが、仰いだ。

“ああ、もうだめなんだな…、ラミエル…。僕がアナフィエラを選んでしまった時に今日のことは決っていたんだね。”ミカエルは、あきらめるように言うしかなかったのである、自分自身に、心の中で。

 その翌日、国内に兵力の動員と非常体制への移行が始まったのだった。

「ご苦労様。私の大切な妹。」

「お義姉様…。」

 手を取りあい、偽りのない笑顔を浮かべている2人に、国王も、セーレ大公も、苦笑しながらも、ホッとして眺めていた。が、

「勝てるか?」

「国に、陛下に勝利の美酒を捧げることが我が家の務めですから。」

“分からないよ。あんたがしっかりすることが、まず大事だよ。”とラミエルは言いたかったが、それは言えなかった。

「絶対、可愛いあなたと甥っ子は、私と夫が絶対守りますからね、心配しないで。」

「お義姉様。ありがとうございます。」

「泣かない。泣かない。夫が何時も言ってる通り、私達は国と王家の近衛ですもの!」

“よく言ったよ、奥様!”




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