悪役令嬢は辺境大公にはあげません。ぼくが貰いました。

確門潜竜

第1話 婚約破棄イベント

「お~い。可愛い婚約者様はどうしたんだい?」

「まさか、もう、倦怠期というんじゃないだろうな?」

「嫌われて、婚約破棄にでもなりました?」

 やや小太りの金髪のミシャ伯爵家ドラ、ごつい体と顔で赤毛のアンドロ伯爵家マリウス、そして、スマートで長身、見事な黒髪のダルタリ男爵家アンの3悪友に声をかけられたセーレ大公家の若き当主ラミエルは、少し緊張した表情から、いつもの穏やかな表情に戻った。比較的長身で、まあスマートで、黒髪の4人の中で、一番地味だが穏やか顔立ち、24歳の若者だった。悪友たちは、ほぼ同い年だが、月で見ると彼が一番の年長者と言えた。

「彼女は、着替え中だよ。まあ、今日は無理を言って申し訳なかったな。」

「また、何か企んでいるのか?」

「おいおい、まるで私が何時も悪だくみをているような言い方ではないか?まあ、とにかく、今日は何も言わず、頼みを聞いてくれて感謝してるよ。」

「面白そうだからな。借りもいっぱいあるしな。」

「面白い・・・か・・・確かにそうかも・・・頼むよ。」

「王太子殿下の誕生パーティーに来ることができたんで、私は嬉しいですし、両親は喜んでいましたけどね。」

 最後にアンが答えたところで、

「あ~ら。4人で何の悪だくみをしているのかしら?」

と声がかかった。よく通った、美しいといえなくもないが、嫌みの入った、つーんとした声だった。声の主は、デカラビア公爵家令嬢ラグエラだった。女性としては長身で、スマートながらナイスバディの輝くような赤い髪に近い金髪の鼻筋の通った美人だった。

「これは、将来の姉上様。気が付かず申し訳ありません。」

 頭を下げるラミエルに、

「あなたに姉呼ばわりされたくはありませんわ。」

 義妹の婚約者であるラミエルにとって、ラグエラは将来の義姉となるわけだが、彼女の言葉には、4歳年上の男に姉呼ばわりされたくないということと、義妹を妹などとは思っていないという意味が込められていた。

"ふん。悪役令嬢だな、本当に。"


 悪役令嬢、デカラビア公爵家長女ラグエラは、それに当たる。何故か、その役回りとされながら、聡明で、彼女なしには国がなり立たないと誰しもが考えている、一部の馬鹿達を除いて、全く無実であるのに冤罪をかけられる、という誠に摩訶不思議な悪役令嬢とは異なる。同時に、悪役令嬢であるから、悪役とか悪党、悪女などではなく、大したこともない、流刑だとかになるようなことはない令嬢なのである、常識的には。また、公爵令嬢が、いじめ程度で断罪だとかになるはずはないのだが、身分制度が強く残る、この世界では。俺、ことセーレ大公ラミエルが見た彼女は、本来の悪役令嬢である。ただし、小説「悪役令嬢は、辺境公に拾われてざまあする」では、悪役令嬢という名の素晴らしい、誰もが認める、王太子だけは分からない、訳のわからない摩訶不思議な悪役令嬢である女性なのであるが。

 幼年期は普通にわがままな女の子であり、女学校時代は取り巻きを従えていて、主な加害者はその取り巻き達だが、高慢な態度、いじめといえることもしている。義妹のアナフィエラには、確かに辛く当たっている。だから、彼女の婚約者である俺とは、婚約者を守るために度々向かいあって火花を散らしたものだ。その間に入って、おろおろして取りなすのが、王太子でラグエラの婚約者のミカエル殿下であり、アナフィエラだった。この2人、ミカエル殿下は馬鹿で、アナフィエラは小悪魔そのものなのだが、原作では。ただ、俺が知る2人は、純情過ぎる友人と大人しく、温和な婚約者でしかない。

 ラグエラの方はというと、別にあまりに酷い女ではなく、平均的、いやそれよりはましな程度の上級貴族の令嬢であり、悪評などたっていない。義妹への態度も、法服貴族で大商人である男爵家出身の母の娘であり、母と自分から父を盗った女の娘であって、母の死後に家に入ってきたことで、悪感情を持っているのは当然であるし、虐待まではしていない、いじめに近いことはしているし、アナフィエラは辛い思いをしていたのは確かだったが。小柄で、可愛い、温和で、きくばりのきく、親切な婚約者を守ろうとするのは、婚約者として当然のだろう?

 彼女とは、子供の頃に親の意志で婚約させられたわけだが、一応婚約者であるから、互いの家をたびたび訪問しあったから、かなり親しい間柄である。自然と、ラグエラとも、ある意味親しい関係となっている。

 まあ、そういうわけで、ラグエラは、単なる悪役令嬢といえた。だから、将来の王太子妃、王妃として、まあ、文句のない女である。

 それに、父は国内第一の貴族であり、現国王からのお覚えも高く、裕福なデカラビア公爵であるし、彼女の祖父は、まだ現役で元気いっぱいの爺さんであるファーレ大公である。大公家は4つしかないが、その一つがファーレ大公家であり、他の一つがセーレ大公家である。

 公爵としては、王家との関係、そして将来の王妃としてラグエラの王太子との結婚は望ましいことであり、ファーレ大公家にとっても孫のそれは同様だった。ファーレ大公家と公爵家との関係にとってもそうだ。

 ちなみに、ラグエラは、母の実家の力があることから、公爵は粗末にはしていないどころか、大切にしている。この手の小説、漫画が、実家が有力者なのにヒロインが酷い扱いを受けることを問題視しないが、現実にはそんなことはない。

 我がセーレ大公家の俺とアナフィエラとの婚約もそうだ。しかも、将来の国王と俺が義兄弟関係で、幼なじみ、親友であることは、大切なことだ。子供の頃から、彼のそばで仕え・・・彼と馬鹿なこともよくやった仲でもある。ある意味、主従を超えた友人関係にある。この4人の婚約は、国にとって願ってもないことなのだ。これをぶち壊すことは、絶対無理なのだ、無理のはずなのだが…。


 そうこうするうちに、会場にざわめきが起こり、王太子のミカエル殿下とアナフィエラ公爵令嬢が連れだって登場した。しかも、腕を組んで。

 ラグエラ嬢は、いかにも不愉快だという表情で、婚約者のもとに歩み寄ろとしたが、ラミエルに腕を掴まれ、

「落ち着いて。」

と言われて、そのまま動かなかった。

 王太子の方から、やって来た。思い詰めた、2人の表情。

 彼らは、ラミエルに腕をとられたラグエラの前に立った。そして、開口一番、

「私は、真実の愛をみつけた。婚約は破棄だ。私はアナフィエラと結婚する!」

と王太子は、いかにも緊張した結果の素っ頓狂な声で、やってしまった、国王夫妻が後ろにいるというのに。

「お姉さま。お許し下さい。私は、殿下を愛してしまったのです。」

 アナフィエラは、震えて、泪を流しながらも、しっかりした声で言った。

 ラグエラは、我慢できる、許すわけがないという表情で、怒りで震えてはいた。それを言葉にして、かつ大声で、と思った時、ラミエルが、

「落ち着いて。ここで取り乱したら、大恥をかいてしまいます。私に考えがありますから、ここは 私に全てを委せて、私に合わせて下さい。」

と耳元囁いて、組む腕の力を強めた。“何よ?”という顔だったが、大人しく彼に従った。

 ラミエルは、ラグエラを連れて、一歩前に出た。

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