報告4 勇者

 勇者はいない。

 勇者はいなくなってしまった。


 冒険者のなかで特に優れた人に与えられる称号が勇者である。世界はこの勇者たちによって何度も救われた。ある時は狂った王の暴政から、ある時はいつ果てるとも知らぬ戦乱の苦しみから、またある時は異界の魔王による侵攻から、世界と人々を救うために勇者たちは現れ、戦ってくれたものである。


 しかし、もう勇者はいない。


 ☆


 王国は国王ゴルキアデスの勅命を各地に放って姿を消した勇者の捜索に力を入れている。カシオンを取り巻くように広がる丘陵地帯に勇者が潜んでいるという情報は、王立警察、カシオン分署のプーギウギ警部から聞いた。


「魔法使いの丘に隠れ住んでいるという話だ」

「へえ」

「へえ――じゃない。探しに行くんだ」

「だれが? おれが?」

「国家が総力を上げて勇者捜索に邁進しているのだ。勇者の捜索に加わるのは市民の義務であるし、冒険者の分際が陛下の御心にかなうなど、ありがたい仕事だぞ」


 プーギウギ警部は良き市民だ。

 国王の良き臣下であり、良き警察官だ。


「馬鹿馬鹿しい。なんでおれが身銭を切ってまでそんなことを。王さまには金積んで出直してこいって伝えてくれよ」

「……王室侮辱罪の現行犯で逮捕してやろうか。陛下のお言葉と金とを天秤にかけるなど不敬の極みだぞ」


 国王の心中などおれの知ったことではないが、逮捕されて刑務所に収容されるのは嫌だ。フリーの冒険者が仕事をしくじっては口が干上がってしまう。


「魔法使いの丘に勇者がいるって?」


 ☆


「勇者ライディーンには憧れたな」


 おれは相棒の剣闘士ウィン・イカリオスとともに、勇者が隠れ住むという魔法使いの丘に向かった。警察からは制服の巡査がひとり見届け役として派遣されただけだった。


「暗黒魔王ズールーを倒して世界を救った剣闘士ライディーン。子どもの頃、聞かされたライディーンの物語がなければ仕事に剣闘士を選ぶことはなかっただろうな」


 ウィンのように、子どもの頃、勇者に憧れていたという冒険者は多い。いつか自分も勇者のようになりたいと、冒険者の道へ足を踏み入れるのだ。しかし、並大抵の才能や努力では、勇者になることはできない。多くのは冒険を続けることに挫折する。


「割に合わないことが多いからな」

「そうか?」

「そうさ。第一に汚れ仕事で嫌われる。乱暴者が多いから普通の市民には避けられるしな」

「……」

「よく怪我をするし、死ぬかもしれない危険な仕事もある。普通の神経の持ち主なら、5年と続かない」

「おれは15年続けてるぞ」

「だから、お前の頭のネジは飛んでるっていうんだ。イカれてる」


 そう言ってウィンは笑った。


「どうしてまたお前はいつまでも冒険者を続けていられるんだ? 教えてくれよ。まだ勇者になることを諦められない理由ってやつを」


 そうだろうか。おれはウィンの言うように勇者になりたいから冒険者を続けているのだろうか?


 ☆


 プーギウギ警部のもとへ入った情報は、魔法使いの丘に勇者・ココノエが隠れ住んでいるというものだった。


「ココノエ? 知らないな」

「おれも知らなかった。古代竜ゴウプスを退治した功績に対して白銀三日月勲章が贈られている。30年前のことだ」

「30年……。大戦乱時代だな」


 異界の門が開き、魔界から魔王や魔神が大挙して押し寄せた時代。もっとも多くの勇者が現れた時代だ。


職業クラスは聖戦士。卓越した剣技を身につけた一級勇者だった。国軍に勤めていたが20年前に失踪――。15年前からとして手配されている」


 長年にわたって続く隣国との戦争は、国王ゴルギアデスを疑心暗鬼に陥れていた。勇者が王国を裏切るのではないか? 国王は所在不明となっている勇者たちを王国支配に対する潜在的な脅威と考えるようになっていた。


 ――勇者を探し、捕えるのだ。


「ほお。30年前の聖戦士。老いぼれ剣士を捕まえて1万Gなら、いい仕事なんじゃないか?」

「老いぼれか……」


 でも、勇者が老いぼれるものだろうか?


 ☆


「だれだ? 勇者は老いぼれただなんて言ってたのは」

「お前だ。お前!」


 おれたちが魔法使いの丘にある崩れかけの小さな家へ近づいていくと中からひとりの男が現れた。手に一振りの長剣を持っただけの痩せぎすの男だった。勇者ココノエか? 聞く間もなく男はおれたちに斬りかかってきた。


 凄まじい斬撃だった。ひょろひょろしたその身体のどこにこんなエネルギーが秘められているのか、首を傾げたくなるほどの力強さだった。


 剣闘士として百戦錬磨のウィン・イカリオスの大剣を軽々と弾くほどのパワーとスピードは常人離れしていた。しかし――


「ほんとに勇者なのか!」


 目の前の男が勇者ココノエであるなら納得だ。常人に卓越した能力を持った冒険者こそ、勇者の第一条件なのだから。


 ウィンとおれとのふたりがかりで斬りつけても、ココノエの身体を剣先に捉えることは難しかった。とは思えないスピードで位置を変え、踏み込み、斬りつけてくる。逆に、おれたちの身につけている防具や盾が、ココノエの斬撃に吹き飛ばされる。


 思いもかけない苦戦だったが、こちらはふたり相手はひとりだ。ココノエには次第に疲れが見えはじめたところを、ウィンの大剣が捉えた。


「ばか! 斬るな捕まえろ!」


 しかし、ウィンに手加減して、ココノエを捕える余裕はなかった。大剣が男の首に食い込んだ――ところで、ココノエの姿がかき消すように消えた。


「?」


 地面に小さな木の人形ひとがたが落ちた。人形に命を吹き込む、いまはもう使われなくなった古い魔法だった。おれたちが勇者ココノエと思い込んで戦っていたのは、魔法で生かされていた木切れの人形だった。


門番ゲートキーパーだったのか」


 ☆


 本物の勇者ココノエは、崩れかけた家の中から変わり果てた姿で見たかった。残されたココノエの日記を見ると、もうずいぶん前に亡くなっていたことが分かった。


 街へ帰り、この件を報告すると、プーギウギ警部は仕方がないなと肩をすくめ、ウィン・イカリオスは危うく死にかけたのに金がもらえないのかと腹を立てた。



 やはり、もう勇者はいないのだろうか。

 おれの冒険はまだ、終わりそうにない……。


 


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