報告3 エルフ

 深い森の奥に集落を作って暮らしている種族・エルフは、数多ある精霊のなかで最下等に属する精霊の一種とされている。姿形は人間とよく似ていて、男女とも非常に美しいが、人間よりはずっと魔族に近い存在だ。ごくまれに人里近くに現れることもあるが、人間からは災いを呼ぶ種族として忌避されている――。


 ☆


 エルフが疎まれるってのは本当だ。疫病神として嫌うやつは多い。おれも二度とエルフとは関わり合いたくないね。


 うん? むかしの話だ、蒸し返さないでくれよ。エルフには会ったことがある。噂には聞いていると思うが、噂どおりとても美しい種族さ。ま、それが疫病神が疫病神たるゆえんだけどな。


 ずっと前のことだ、川向こうに広がる森のそのまた奥に年中、霧に覆われている迷いの森っていう名の深い森があった。そこにエルフの夫婦が棲んでたんだ。


 エルフには手を出すなって、言われてることは知ってたよ。けど、ギルドの幹部がこのエルフの女に惚れちまって、「さらってこい」というわけだ。


 理不尽だなんてことは十分承知だよ。エルフとはいえ、他人の女をかっ攫おうってんだからな。おれはまだ駆け出しの冒険者で、ギルドの幹部には逆らえなかった。自分と同じような連中数人と示し合わせて迷いの森へ向かったさ。


 棲家さえ分かってれば、エルフを攫うなんてなんの造作もなかった。エルフの腕力は子ども程度でしかないんだからな。おれたちはまんまとエルフの女を連れ出すと街へ戻ってきた。


 エルフの旦那かい? かわいそうに殺されたよ。大きな声で泣いて、命乞いしてたところを槍でぶすりと。いいや、やったのはおれじゃない――が同罪さ、黙って見てたんだからな。後味が悪いったらなかったね。


 ギルドの幹部は大喜びさ。エルフの女はとびきり美しいからな。だが、旦那を殺されたエルフはちょっとおかしくなっちまっててな。目をの焦点は合わないし、いつも妙なことを口走ってて。


 はじめのうちは、珍しいおもちゃを手に入れた子どもみたいにはしゃいでいたギルドの幹部も薄気味悪く思ってね。可愛がることはやめちまった。ほかの女と一緒くたに屋敷に囲ってた。


 用なしのエルフなんぞ、森に返してしまえばよかった。けど、幹部はその美しさが惜しかったんだろうな。手元に置いておいたわけだ。それが良くなかった。


 なにか良くないって?


 とにかくエルフってのは、信じられないくらい美しいんだよ。陶磁器のように白い肌、儚い月光のように光る豊かな髪、大空の青をそこに閉じ込めたような瞳、神々の奏でる笛の音のような声。なにひとつとして人間を魅了しないものはないのさ。


 一度、エルフの姿を見、声を聞いた者は、ずっとエルフのことを考えずにはいられない。寝ても覚めてもだ。なにを隠そうおれもそうさ。昼も夜も、あのエルフの女が頭の中をチラついて仕方がない。これには参ったぜ。


 そのうちに、びっくりするようなことが起きた。ギルドの幹部が殺されたんだ。夜、寝てるところを襲われたのさ。街のど真ん中、何人もの護衛が守る屋敷でのことだ。


 幹部を殺したのは、護衛だったはずの若い冒険者だった。そう。おれと一緒に迷いの森のエルフを攫ってきた男のひとりさ。エルフの女に魅入られてだんだろうな、おれと同じように。ただ、おれと違ってってわけだ。


 幹部を殺した若い冒険者は、すぐに見つけ出されて見せしめのために殺された。だが、このことをきっかけに、ギルドの歴史上、もっとも醜怪で、もっとも忌まわしい内部抗争が起こった。若い冒険者同士が、このエルフの女を手に入れようと殺し合いをはじめたんだ。


 美しいエルフを手に入れようとする冒険者たちによって、ギルドは四分五裂、いや十六分二十五裂――といった状態になっちまった。


 数週間後、両手に余る犠牲者をだしてようやく抗争は収まった。それまで静観を決め込んでいた王立警察が抗争の元凶であるエルフを捕らえたんだ。対立するギルドが弱体化するのを待ってたのかもな。警察やつらも人が悪い。


 エルフの女は森に返された。


 その姿を見ることがないないように頭からすっぽりと麻袋を被せられたエルフを迷いの森へ連れ戻したのは、警察に雇われただった。エルフの棲家を知ってて生き残ってたのが、おれひとりだったからだ。


 ――フフ、フフ。


 森まで送る間中、エルフの女は笑ってた。麻袋の中で笑ってた。


 ――ハハ、ハハ、ハハ。


 エルフの復讐なんだろう。あれから何年経ったか忘れちまったが、あの笑い声だけは忘れられねえ。いつまでも耳を離れねえ。二度とエルフとは関わらない。きっと約束するぜ……。


 ――アハハハハハ……。


 ☆


 むかしから、エルフは人を呪うと伝えられている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る