報告2 ドラゴン
ドラゴンは伝説上の生き物だ。途方もない長寿と深遠な知性を兼ね備えた存在で、人間が現れるずっと前から、この世界を見守ってきたとされている。ドラゴンを見たという者は多い。なかにはドラゴンを殺した――
☆
「ドラゴンのウロコだって?」
「1枚、500G」
「そりや、詐欺だろ」
おれのところにこの話を持ち込んできたのは、街ホビットのゴルコーンだった。ホビットは本来、森林地帯に集落を作って集団生活を営む種族だが、一部は人間の築いた都市の下水道などに棲みついているものもいて、街ホビットと呼ばれている。
「さぎ?」
「おまえら騙されてるんだよ」
おれはゴルコーンから受け取った手のひらほどの大きさのウロコのようなものをヒラヒラと動かした。陽の光を受けて虹色に輝くそれは美しい。だが――。
「ガラス製の作りものだ。せいぜい10Gがいいところだろ」
「ニセモノ?」
「ああ、偽物だ。こんなものを1000枚も買わされたって? しかも現物はこれ1枚。あとは契約書まがいの紙切れだけ……。50万G、絵に描いたような詐欺だ」
「だまされた?」
「簡単に言うとそう。おまえら騙されたのさ」
街ホビットのゴルコーンとその仲間たちは、ガラスのウロコをドラゴンのウロコであるように思いこまされ、50万Gを払ってガラスのウロコを買わされていた。1年後には、100万Gで買い戻すという詐欺グループの言葉を信じて。
人間と比べて小柄なホビットは、その知能もあまり高くない。身長も知能も人間でいうとせいぜい11、12歳くらいだろうか。ずるがしこい人間に騙されるというのはよく聞く話だ。
そのことはホビットたちもよく分かっており、容易に人間のいうことを信じないものだ。しかし、今回のように込み入った詐欺話になってくると、どこを疑い、なにを信じていいのか混乱してしまうらしい。
「本物のドラゴンの鱗なら、1枚で50万Gはするぜ。安すぎるって気づかなかったのかよ」
「……!」
浅黒いゴルコーンの顔がみるみる蒼白になってゆく。ようやく自分たちが騙されたということに納得したのだろう。小さな握りこぶしが怒りに震えている。
「いったいどこのだれに買わされたんだ?」
「……カッツ、カッツ・ヘムート」
「カッツ・ヘムートだって? そりゃまた」
☆
カッツ・ヘムートは冒険者ギルドの金庫番といわれている男だ。40がらみの固太りで、数年前にマスト・マフラの刑務所を出てカシオンに流れ着いた。金に汚く、人を騙すことをなんとも思っていない男は、詐欺の常習犯といううわさだった。
この話、カッツが幹部を務めるギルドに訴え出たところで相手にされるはずがない。かといって、警察が当てにならないのはギルドと同じだ。やつらは街ホビットをカシオンに住み着いた野良犬程度にしか考えていない。
「ホビットなんぞに肩入れしても、なんの得にもならないよ」
街の情報屋、ケッツア・ケルンは、それ相応の金と引き換えにカッツ・ヘムートの来歴と居場所とを紙に書いて寄越した。それと、ホビットには関わるなという忠告とだ。
「カッツはギルドの金庫番だ。なにかしら金になるネタがあるだろ。それに――」
「?」
「この街にのさばってるギルドの連中は嫌いだ」
「……ふふ。それついては同感だね。やつに手を出すなら気をつけな」
マスト・マフラ刑務所は、凶悪犯ばかりを収容し、一度入ったら二度と出られないと言われてる特別刑務所だ。得体の知れない男だぞとケッツア・ケルンは忠告を締めくくった。
上等だ。やつの目にもの見せてやるよ。
☆
カッツ・ヘムートの隠れ家は、街の南、黒い森の奥に広がる丘陵地帯にあった。石灰質の丘にいくつもの洞穴が口を開けているこの地域を、地元の人は龍の巣と恐れて近づかないという。
街ホビットのなかでひときわ勇敢なゴルコーンとその仲間5人そしておれが、カッツ・ヘムート探索のパーティだった。数日間、幾つもの入り口と出口がある鍾乳洞の迷宮をさまよった後、おれたちは鍾乳石が立ち並び、湿気と蝙蝠ばかりが幅を効かせる洞穴の奥にカッツのドラゴンのウロコ製造工場があるのを突き止めた。工場では、大きな炉とおおぜいのノーム(小人族)を使役して、ガラスのウロコを作らせていたのである。
怒りに燃える街ホビットたちとおれはいきなり、ガラス工場に斬りこんでゆき、ホビットたちは工場を破壊してまわり、おれはカッツの姿を探した。いくつも枝分かれする洞穴のなかを探し回ってようやく見つけると、やつは今まさに隠し通路を通って別の洞穴へ逃げ出そうとするところだった。
「カッツ・ヘムート! ホビットたちから巻き上げた金を返せ!」
「だれだか知らんが、命を縮めたな」
「待て!」
もう少しで手が届くところまで、やつを追い詰めたが、目の前で重い木の扉が閉じられた。
「くそっ」
――つぎの瞬間、木の扉が怪しく光ったかと思うと、みるみる形がゆがんでゆき、おれの背丈の倍はありそうな
ゴーレムは厄介な相手だ。生き物ではないので、斬りつけたところでひるみはしないし、何時間動き回っても疲れるということがない。しかも、見たこともない大きさだ。おれは加勢にやってきたくれたホビットたちと応戦したが、ゴーレムのパワーは圧倒的でどんどん洞穴の隅に追い詰められていった。
――これまでか。
ゴーレムの大きな両手が、おれの頭を握りつぶそうと迫ってきた、まさにそのとき。洞穴内に耳が聞こえなくなるほど大きな咆哮――生き物の鳴き声だ――が響き渡った。なにかとてつもなく大きな生き物が洞穴の奥からやってくる気配がし、ゴーレムがそちらに注意を向けた。その隙におれたちは後ろも振り返らずに逃げ出した。
やばいやつがくる。ゴーレムなんて目じゃない。本能的にそう感じていた。
後ろでなにか大きなものが取っ組み合う気配が伝わってきたが、それを見にゆく勇気はなかった。全身が総毛だっていた。
――おれたちの天敵だ。
☆
話はこれだけだ。
おれとホビットたちが洞穴で出会ったのがなんだったのか、おれには分からない。ただ、あのあと物好きな冒険者があの竜の巣に出かけていって、中からひと抱えもある大きなドラゴンのウコロを持ち帰ったっていう噂がでた。
いや……ただの噂だよ。
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