報告1 魔法使い
この世界には、魔法使いという種族がいる。その名のとおり、人には操ることのできない魔法を操る種族だ。魔法とは、この世界を統べる神々と交信する能力であり、その力は魔神や悪魔といった体内に魔を蓄えることのできる種族に備わるとされている。魔法使いは、こうした魔族の最下等種族のひとつであり、もっとも人間の身近に暮らしている魔族だ。それだけに我々との間でトラブルを起こすことも多い――。
☆
「魔法使いなどとは関わりたくない」
「そうも言っていられなくなった」
市民からの要望だというのだ。最近、魔法使いが関わったと噂される犯罪が多い。つい先日も、街の貿易商の一人娘が魔法使いによって拐かされたという。
「それはあんたたちの都合だろう。そっちでなんとかしろ」
「われわれはこの街を守ることで手一杯だ。街の外に割ける人手は多くない」
「じゃあ、ギルドに頼むんだな。街の内側のことは警察が、外のことはギルドが請け負うってのが、この街のルールじゃないのか」
この街――カシオンの治安を守る王立警察カシオン分署のプーギウギ警部は苦虫を噛み潰したような顔になった。街の外で起こるさまざまな厄介ごとを引き受けている冒険者ギルドは、強盗、人殺し、人攫いといった街のならず者の集まりでもあるからだ。
「われわれが
プーギウギ警部は節くれだった指をおれの鼻の頭に突きつけて言い放った。
「5000Gで貴様に依頼する。嵐の丘へ向かい、われわれと共に魔法使いを逮捕するんだ」
「もし断ったら?」
それは聞くまでもないことだが。
「これまでお前が犯してきた罪を洗いざらい――裁判所に訴え出るまでだ。シュバルツ判事は、冷酷な方だぞ」
「警部……。あんた立派な警官だぜ」
元々、おれに選択肢は与えられていないのさ。
☆
おれはフリーの冒険者だ。
冒険者といえば聞こえがいいが、ギルドに所属しないフリーの冒険者など何でも屋というのと同じだ。人探し、失せ物探し、禁制品の運び屋など、なんでもござれ。たまには警察の犬にもなるさ。
この仕事、最初はひとりで出かけるつもりだった。嵐の丘までは武装警察が護衛してくれるということだったし、たった5000Gの報酬を山分けしたのでは実入りが悪すぎるからだ。
だが、近年、嵐の丘に棲みついた魔法使いについては情報がほとんどなかったので、念の為、相棒の剣闘士ウィン・イカリオスに声をかけた。今回はそれがおれの命を救うことになった。
嵐の丘のてっぺん、魔法使いの住む館に踏み込もうとしたおれとウィンは、斧を持った石像の襲撃を受けたのだ。
「話がちがうじゃねーか……! 相手は魔法使いじゃなかったのかよ」
ウィン・イカリオスは、愛用の大剣で動く石像の一撃を真正面から受け止めながら悪態をついた。さすが職業剣闘士、魔法使いの放った奇襲にも軽口を叩く余裕があった。
「物質念動系の魔法で動く石像のようだな。館の
「落ち着いていないで手伝えよ!」
口ではそう言ったもののウィンはカシオンでも腕利きの剣闘士だ。おれが加勢するまでもなく体勢を立て直すと、自分の1.5倍ほどもありそうな石像の戦士を圧倒しはじめた。
ガキッ!
火花を散らして石像の斧を叩き落とすと、その両脚に斬りつけて地面に膝を着かせ、一瞬で石像の首を跳ね飛ばしてみせた。
「おみごと」
「たりめーだろ。魔法使いの木偶人形ごときにかまってられるか」
☆
館の門番以外は抵抗らしい抵抗もなく、おれたちは魔法使いを捕まえることができた。館の2階、実験室の薬品棚の裏側に体を縮めて隠れているところをウィンに見つけられ、館の前に引きずり出されてきた。
本当の年齢は知れたものではないが、外見はまだ若い女のように見えた。それを見てウィンがうれしそうな声を上げる。
「女だ」
「ばか、こいつは魔法使いだ。女じゃない。みろ! このツラを」
鞘の先で魔法使いの青白い顔を指し示す。その瞳の色は、血のように真っ赤だった。唇の端から血の泡を吹きながら、なにか口走っているようだが何ひとつ聞き取れる言葉はなかった。
「早く両手を縛り上げて猿ぐつわを噛ませろ! いつどんな呪文を唱え始めるか分かったもんじゃないぞ」
武装警察による捜索の結果、館の地下室から痩せ衰えた人間の女が3名発見された。3名のうち2名はすでに事切れており、あとの1名も虫の息といった状態だった。魔法使いによって拐われた女たちだと思われた。
捕えられた魔法使いは、武装警察によって物々しくカシオンへ移送され、即日、街の広場で処刑された。火炙りとなった魔法使いには、市民によって次々と火のついた薪が投げつけられ、ゆうに半日を燃え続けた挙句、後には骨すらも残らなかったそうだ。
プーギウギ警部からせしめた報酬の5000Gはウィン・イカリオスと山分けにした。しばらく金を心配をしなくて済む。しばらくは――。
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