フィフ・ヴァ・ドワール -功罪-

 「奴の身体は奪わなくてよかったのか?感情だけとは、お前らしくない」


 「できることなら私は何も奪いたくはなかったのですが」


 「それはどういうことだ?」


 悪魔は問う、天使のその言葉が理解できなかったから。


 「貴方こそ、騙すなんて行為今までしたことなかったでしょう?」


 「それとこれは関係ないだろ、貴様がこの執行場の規則である"罪を受けたものはその全てを享受する"を平然と破ったことを聞いているのだ」


 「ヴァーレ、貴方は贖罪の理由に魔界の罪を出した。でも、本来は罪は犯しておらず彼が贖罪を選べば無条件で開放したのでしょう?」


 「ああ、あれは奴の覚悟を図るためのものだ」


 悪魔は笑う、だが奴は貴様に唆された哀れな人間だと。


 「それは違うわ、彼は本当の意味で覚悟を持っていた」

 

 「なんだと?」


 「視界を失い愛する彼女が見えなくても、足を失い愛する彼女と共に歩めずとも、感情を失い愛する彼女を愛する事さえ出来なくっても……それでも断罪を望んだ」


 「それがどうしたというのだ、贖罪は己がすべてを差し出すもの。貴様の限定的なそれよりも、よっぽど大きな代償ではないか」


 「でも、それは嘘だったのでしょう?蘇生できる魂は天界で管理されるか、今回のような異常事態のように執行場に残ったものだけ。あなたが存在しない、魔界の罪を彼に言ったように私も嘘の代償を言っただけよ」


 「嘘?何を言っている、結局、彼は感情を失った。見てみろ、愛することが何かを知らずに絶望すら出来ない彼を。代償を一部無くしたからとて、そこに意味など」


 悪魔は蔑む、どうせ偽善ではないか。天使とて、悪魔と変わらないと。


 「"功罪"を知っているでしょう?犯した罪と成し遂げた功績を測る、もう一つの執行」


 「功罪?天使が勝手に作り出しただけだろう、神と我らが王が取り引きした結果、貴様らが新たに置いたなんの効力も持っていない規定だ」


 「ええ、なんの効力も持っていない。でも、規定ではあるのよ?」


 悪魔は睨む、何を企んでいるのかと。


 「今や、彼の代償は感情の喪失のみ。そして、彼の犯した罪は"強欲"だけ」


 「だけだと?マーラ貴様、何を」


 「貴方こそ、態度を改めろと言いましたよね?死なないからと調子に乗っていては、魔王に捨てられますよ?」


 「……っ、貴様!」


 「所詮、悪魔である貴方は罪を犯していない相手には何も出来ない。つまり、功罪を許可するかしないかを決める権利は貴方にはない」


 悪魔は恨む、貴様如きが何を言っているのだと。


 「彼の功績を言いましょうか?それとも、現界と異界では善悪の基準が違うから認められない?でも、貴方にはそれを決める力はない」


 「だが!ここでの記憶を無くした彼に、功罪を与えるキッカケとなる天使の認識は不可能だ」


 悪魔は嘲笑う、意味がないと。


 「彼の記憶は消しましたが、彼女の記憶なら断片的ですが残っていますよ」


 「貴様、どこまで愚弄すれば――」


 「ほら、よく現界を見なさい。今にでも、思い出しそうだ」


 「嘘だ、そんなはずはない。確かに、彼女の魂は我が……」


 悪魔は嘆く、なぜそんなことが起きるのかと。


 「魔界にない魂など、実質天使の管理下ですよ。蘇生を許可し、それを行使したのもこの私です。なぜ、悪魔の小細工をそのまま残しておく必要があるのですか?」


 天使は笑う。


 「ほら、彼も思い出したようです。では、功罪の判決として感情を戻してあげましょう」


 「駄目だ、してはならない!」


 「それは、聞けないお願いです」


 「ふざけるな!なぜ、罪人を生かす。今まで例外なく、奪っていたのに!彼も現界で大勢を殺していたのに!」


 「だから駄目なんですよ、一側面からしか見れない悪魔はだから弱い。功罪と言ったでしょう?彼が殺した者のほとんどは、他の者もまた死を望んでいたほどに罪深み者だった」


 「だから、許すと?」


 「そうではない、けれどそれが功績であることは否定できない。天秤もそう告げている、彼は一つの命を自由に出来るほどに功績を積んでいると。功罪によって、それが認められると」



 ――天使は断言した、悪魔は懇願し絶望した。


 して、それは認められた。


 ――功罪、彼の代償を全て無かったことにすると。

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