フィフ・ヴァ・ドワール -5-

 自分に感じた違和感が何かを、言葉にできなかった。


 「でも……さっきから変だよ? すごく悲しそうな目をしてる」


 俺が何かを隠していることに気づいたのか、サフィラはそう俺に尋ねてきた。


 「……なんでもないよ。サフィラが帰ってきてくれてよかった」


 彼女の髪を撫でながら、俺はそう答えた。その言葉に嘘はなかった。

 俺がやったことはなんにせよ間違いではないから。だから、この答えも間違っていないはずだ。


 「なんで……泣いてるの?」


 彼女はそう言った。なんで?――どうして?

 そんなのわからない。どうして俺は、泣いているんだ?


 「なんでも……ないよ」


 自分の感情をうまく理解していないまま、俺は彼女を抱きしめた。


 魔法は成功した。彼女はちゃんと生きていて、今ここにいる。

 なんでだろう――彼女の温もりがちゃんと伝わって来るのに。彼女がここに居るだけで幸せなのに。彼女は確かにここに生きているのに。


 どうして俺は泣いているんだ?嬉しくないんだ?


 「また、泣いてる……やっぱり変だよ」


 いや――違う。俺は、最初から彼女を蘇生したときからすでに泣いていたんだ。でもなぜ。


 「フィフ、私の為に無茶したの?」

 「……え?」


 彼女の言葉に、少しだけ我にかえった。

 彼女の体温を感じながら、どうしてそんなことを聞いたのか理解するために。でもそれは無意味だった。


 「してない……と思う」

 「分かりやすい嘘つくのね」


 責めるような言い方ではなく、俺を心配しているような優しい声。


 「いいから言って」


 彼女の包み込むような声を聞いて俺は、素直に自分の感情を話すことにした。

 俺が何を思っているのか。


 「……全然嬉しくないんだ。サフィラが生き返ったことは嬉しいはずなのに」

 「そう、なんだ。私はすごい嬉しいよ。でも、フィフが私の為に感情を無くしてまで、助けようとするなんて……私、知ってたら止めたかった」


 犠牲なんて思っていない。


 「犠牲なんかじゃない、俺はサフィラのためなら何だって出来る、はずなんだ」


 俺の記憶はそう言っている。彼女を愛していた俺は、彼女を蘇生しようといていた俺は。


 「フィフは知らないかもしれないけど、私……夢を見てたの」

 「夢?」


 突然の言葉に俺は、記憶を探る。夢?俺は何かを忘れているのだろうか?


 「そう。そこには、天使と悪魔が居た。……そして、フィフが私を守ってくれたの」


 サフィラの言葉を聞いて、俺の頭の中に『禁忌を侵すといい』という言葉が響いた。あれは確かに、天使と悪魔の声だった。

 あれは確かに、俺の感情を奪った天使と悪魔の姿だった。


 ああ、全て思い出した。天使と悪魔……断罪と贖罪。天界と魔界の狭間に位置する執行場での記憶。

 そして、感情を失っていたことに。


 「サフィラ……サフィラ、逢いたかったよ。ずっと、ずっと!」


 そこからは一瞬だった。永遠にも思えるほどの後悔を感じ、永遠にも思えるほどの歓喜を同時に感じた。

 感情を感じた。


 「ごめんね、ごめんねフィフ。私が死んじゃったから」

 「そんなこと、どうでもいいさ。こうして……"ちゃんと"逢えたんだから」


 彼女を再び、この腕に抱くことが出来たのだから。そんな些細な事、どうでもいいんだ。

 彼女を愛し続けることが俺にとっての幸せなのだから。


 ―――――

 次回、天使と悪魔の功罪判決

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