第47話

 地元に戻った真唯は夕方、涼祐と泰雅との待ち合わせ場所にいた。しかし、真唯の隣りに梨乃の姿はいない。実は母娘が出かけようとしたところ、梨乃のスマホに彼女が勤務する会社から連絡がきたのだ。どうやらハプニングが発生したらしく困ってるという。放ってはおけないと梨乃は会社に行く事にして真唯には「ごめん真唯、悪いけど二人のところにはあなたひとりで行ってくれる?私の事も申し訳ないって謝っておいて」と伝えた。

 こういった経緯で真唯はひとり、待ち合わせ場所にいるのである。スマホで時間を確認し、あたりを見渡す。

「......」

 すると泰雅の姿が見えてホッと安堵する。だが、どうやら泰雅ひとりらしく涼祐の姿はなかった。

「真唯ちゃん!」

 泰雅は真唯の姿を見るなり、駆け足でやってきた。

「こんばんは、真唯ちゃん。元気だった?」

「はい。水都さんもお元気そうでなによりです」

 真唯は梨乃がここにいない理由を泰雅に話した。すると彼からも涼祐がいない理由を聞かされた。

「涼祐のヤツも会社から連絡が来て、急いでそっちに向かったんだよ。行けない事真唯ちゃんと梨乃先輩に謝っておいてくれって」

 お互いに連れが来れなくなったというこの状況に顔を見合わせる二人。

「......という事は、今夜は俺と真唯ちゃんの二人きり?」

「そういう事になりますよね」

 自覚したとたん、真唯の心臓がドッキンと跳ね上がった。同時に脳裏をよぎったのは、新幹線内での由真からの鋭い質問......実際、泰雅をどう思っているのか?恋愛として好きなのか、ただの友だちと思っているのか?もしも後者であるなら泰雅に近づくのはやめて、彼を解放させてあげてほしい、と。

 対して真唯は毅然とした態度で答えた。

『申し訳ありません。あなたからのその要求はのめません。水都さんから韓国に転勤になったと聞かされた瞬間、私は恋愛としてあの人を好きになっていた事に気づいてしまいました。同時に韓国に行くのは水都さんだけなのかと不安にもなりました。もしかしたらあなたも一緒なのではないかと......不安になりました。私は二度お目にかかったあなたに嫉妬したんです』

『そう......でも安心して。嫉妬してもらえたのは嬉しいけど韓国に行くのは水都くんだけだから。私も彼の転勤が決まった時、ショックだったわ。でも今はよかったと思うようにする。だって水都くんとあなたが恋人になる姿を見なくて済むんだもの』

 由真の複雑な思いは真唯もわかった。それでも泰雅を好きでいる事を認めてくれた事に感謝し、由真に頭を下げた。


 以上が、新幹線内でのやりとりである。

 今思い返すと、由真にずいぶんと恥ずかしい言葉を言ったのだなと真唯はひとりごちた。そんなやりとりなど知る由もない泰雅は、真唯と二人きりになれたのは会社のお祭り以来だと嬉しそうに話しながら居酒屋ののれんをくぐった。

 そんないつもと変わらない泰雅の姿に真唯は安堵したと同時に緊張も消えていった。


✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠


「では、水都さんの韓国転勤への門出を祝って乾杯!!」

「ありがとう真唯ちゃん!!乾杯!!」

 お互いのジョッキを軽くぶつけるとゴクゴクとビールを飲み干す。やがて注文した料理が二人のテーブルに置かれていく。

「さ、真唯ちゃん。食べよう、食べよう」

「はい」

 箸を手にすると小皿に料理を盛って食べだした。

 料理も美味しければビールも進む。真唯のジョッキはあっという間に空になった。そこで泰雅が気を利かして「真唯ちゃん、お酒何か頼む?」とメニューを広げた。

「ん〜」

 書かれているお酒の中から「これにします」と言って真唯が選んだのは彼女が今気に入って飲んでいるお酒だった。

「わかった、このお酒ね」

 そう言って泰雅は店員を呼ぶと真唯ご所望のお酒を注文する。


 まさかこれが、あんな展開になるなどとは思いもしないで......。


 ✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠


「店員さーん!おかわりくらさーい!」

 真唯はお酒を飲み干すとまだ足りないというように同じのを注文した。

「あの......真唯ちゃん。もうそれくらいでやめた方が......」

 実はこれで五杯目だったりする。いいかげん泰雅はハラハラしだして真唯を止めにかかる。彼の脳裏には去年のあの恐ろしい記憶がよみがえっていた。まるっきり真唯の酔っ払う姿が同じだったからだ。

 あの時は涼祐が実の父親だった事が引き金だったからあんな飲み方をしたのもわかる.....。

 しかし。

(今夜の真唯ちゃんにもこれほど酒を呷る原因があるって事?)

 考えてもわからない泰雅は

「はい真唯ちゃん。もうお酒はおしまい〜」とあの時のように空になったコップを真唯から取り上げた。当然、真唯は「まだのむ〜ぅ!」と駄々をこねたけど、時間も二十三時を過ぎている。数日地元にいるとはいえ、そろそろ真唯を実家の梨乃の元へ送り届けなければ。

「真唯ちゃん、もう帰ろう。タクシーを呼ぶから送るよ」

 声をかけたものの、すでに真唯はテーブルの上で眠っていた。とにかく泰雅は会計を済ませてタクシーを呼び、更に梨乃へ連絡。タクシーで真唯を送ると伝えた。一方、すでに会社から帰宅していた梨乃は娘の帰りを待つ事に。


 やがて居酒屋にタクシーが到着。店員に手伝ってもらいながら真唯をタクシーに乗せ、泰雅もその隣りに乗り込んだ。店員に礼を言ってから運転手に、以前梨乃から教えてもらった坪倉家の住所を告げた。


✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠


 タクシーは走り出し、外の景色も流れていく。

 ふうっとネクタイを緩め一息つく泰雅。すると寝ていた真唯のまぶたがゆっくり開き、二人は見つめ合う形になった。

「......」

「......」

 タクシーの中なのに、今、この空間だけ別世界にいるようだった。


 真唯を見つめたまま声を発せなかった泰雅に対し、「......水都さん......」と真唯が口を開いた。

「な、なに?真唯ちゃん」

 聞き返した泰雅に真唯は酔っ払った状態は変わらずに言葉を紡ぎ出す。

「水都さんは私の事......諦めちゃったんれすか?もう......私の事なんとも思ってないんれすか?」

「......え?え?」

 泰雅は自分の耳に入ってくる、真唯からの言葉が解読出来ないという不思議な状態に陥る。更に真唯の言葉は泰雅を混乱させた。

「お願いします......私の事諦めないれくらさい..........私......水都さんが好きなんれす...... だから......水都さんの......カノジョに......立候補したいんれす」

「......」


 これは真唯の本心なのか?酒が言わせたのか。


 真唯からの信じられない言葉の数々に泰雅はこのまま気絶しそうになった。



 

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