第45話

 梨乃がナイフで刺されてから一ヶ月が経ち、梨乃の傷は感染症にかかる事もなく無事完治した。真唯は再び転勤先に戻って支社での勤務を続けている。

 一方で養父を梨乃と真唯に近づけさせないように警察に被害届を出しておいた件については、当の養父に警察が話したところ、最初は「何で養父の私が育ててきたあの子とカワイイ孫に近づいてはダメなんだ!!」と怒っていたらしい。だが警察から「あなた、養女であった梨乃さんが高校二年生になったあたりから彼女を性的な目で見るようになったそうですね。梨乃さんはね、当時部屋に忍び込んだあなたがハンガーにかけてあった制服に顔を埋めている姿を目撃しているんですよ」との話を聞いたとたん、みるみる顔を蒼くさせた。

「当時のあなたは近所でも評判の良い方だったそうですから梨乃さんが何を言っても周囲にはバレないだろうと高をくくっていたようですが、今は違います。梨乃さんはもう成人している大人です。周囲が全く信じないなどといった甘い考えは通用しませんよ!」

 刑事は当時の梨乃の苦しみを信じなかったであろう自分を詫びた上で「だからこそ!今こそ、梨乃さんと娘さんをあなたのような汚い欲望を向ける人間から守り通したいのです!改めてあなたに警告します!坪倉梨乃さん、真唯さん母娘には近づかないと、ここで同意して下さい」

 刑事は同様の事が書かれた紙を養父の前に差し出した。

「万が一、これを一度でも破ったなら禁止命令が下される事になりますのでご承知の程を」

 養父はようやく頭を垂れながら「わかりました......二度とあの子たちに近づく事はしません」と言い、同意したのだった。


 これでやっと養父からの恐怖から抜け出せた。梨乃と真唯は刑事に感謝の言葉を述べている。



 桜の花びらが街中のあちらこちらに咲き誇ってる中、真唯のスマホから着信音が鳴った。通話の着信でかけてきたのはナント、行方のわからなかった三輪篤志だった。

「三輪くん...!」

【ごぶさたしていたね坪倉さん。その節は小夜ちゃん共々お世話になって】

「ううんいいのよ。今はどうしてるの?」

【どこに住んでるかは坪倉さんに迷惑がかかるといけないから言えないけど、何とか俺の母親に突き止められないところで小夜ちゃんと暮らしてる。彼女のお父さんが力になってくれているんだ】

「そう。理解を示してくれる人がいてよかった。しかも小夜子さんのお父さんなら心強いよね」

【うん。いろいろ理由があって夫婦にはなれないけど、諦めないでよかったと思ってる。今、幸せだよ】

「そう。よかった。実は三輪くんのお母さん、うちの会社に来たの。小夜子さんが退職した数日後に。私、偶然受付で小夜子さんはいるかって訪ねているお母さんを見かけたの。それに私も同じ事尋ねられちゃって。知りませんって言ってからお昼時なのもあってそれを理由に去ったんだけど。もの凄く怖かった......」

 話を聞いた三輪が息を呑んだのが聞こえた。

【僕もあの図書館を辞めたんだけど、あそこにも母親が来たらしい。同僚から聞いたんだ】

「そうなの......」

 会社での様子から想像するに、かなりしつこく三輪の事を尋ねたのだろう。

 正規に働くと母親に見つかる可能性もあるので二人共バイトで生計をたてているという。でもこのままではいけない事もわかってると三輪は言う。

【いつか、わかってもらいたいとは思ってるんだ。子供も生みたいって小夜ちゃんも言ってるし】

「うん。でも今は無理よね。話しても、お母さんを刺激するだけだもの。我慢の時よね」

【ありがとう坪倉さん。ジレンマをわかってもらえて嬉しいよ。ところで......坪倉さんはどうなの?】

 真唯は涼祐を父親と思える気持ちにたどり着けたと語った。

【そうか。よかったね。坪倉さん自身、辛くて苦しい思いもしたよね。でもその気持ちは必ず報われるから】

「ありがとう」

【それから、新たな恋もね】

 新たな恋というワードと共に、ボン!と脳裏に泰雅の姿が浮かび上がった。


(ど、どーして水都さんの顔が出てきたの?!)


 そんな真唯の様子など、三輪がわかるハズもない。互いに話が出来た事に安堵して通話を終えた。



 その夜、またもやスマホから着信音が。

「今日は鳴るなぁ」とつぶやきながら画面をみれば、今度かけてきたのは泰雅だった。

 とたんに先ほどの三輪の言葉、

【新たな恋もね】が脳裏をよぎって真唯は初めて泰雅相手に戸惑いを感じた。


(で、出るの......やめようかな)


 そう思ったが泰雅の人懐こい笑顔を思い出したら、それも出来ないと思い、画面をタップしスマホを耳にあてた。

「もしもし?水都さん?」

 そう言うとスマホから聞こえてきたのは【こんばんは真唯ちゃん!元気だった?】と嬉しがってるのが伝わってくる泰雅の声。

「こんばんは。私は元気ですよ。水都さんはどうですか?」

【俺も元気。また真唯ちゃんの会社に出張がないかなって上司に聞くんだけど、そうそうないよって言われた......】

「それは上司さんのおっしゃる通り......ですかね」

 真唯の言葉を聞いた泰雅はすぐには応答せず、二人の間に沈黙が走った。

「水都さん?」

【......行っちゃう前に、もう一度......真唯ちゃんに会いたかったんだけどなぁ】

「行っちゃう?」

【俺も、会社から転勤の話が出てね。受ける事にしたんだ】

「転勤?あの、どこへ転勤なんですか?」

【それがね。韓国でさ】

「......」

【もしもし?......真唯ちゃん?おーい】

 真唯は韓国=外国と聞いた瞬間、真っ先に泰雅に会えなくなる!と思った。

 この時、ようやく気づいたのだ。

 自分の、泰雅への気持ちに。

 


 


 


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