第39話
突然、真唯が使っていたボールペンに亀裂が入った。
(あれ?おかしいなー。買ったばかりななのに)
しかし、小さい亀裂だったのでボールペンとしての機能は生きているから良いのだが。
その時、部署に「これからそっちにお客さまが行くから」との連絡が入り、皆に緊張が走る。かくいう真唯も泰雅に自身の存在を知られた時を想像すると肩に妙な力が入りそうだった。
やがてザワザワと話し声が聞こえてきてお客さまが真唯がいる部署に入ってきた。幸いなのかそうでないのか、真唯が座るデスクは彼らからは死角の位置にあった。お客さまは部署を回るのはここが最後ではないし、まだまだある。だから長居も出来ない。つまり真唯がいるデスクにはやってこない率が高い。それならそれでいい。気づかれないままでも。
するとそこに
「坪倉さん」と仲間の社員が真唯を呼びに来た。お客さまがいる手前、声をあげて真唯を呼べないので彼女のデスクに来たのだろう。真唯もそれを承知して「なんでしょうか?」と尋ねると、真唯あてに1番に外線が入っているという。知らせてくれた社員にお礼を言ってから電話の外線1を押してから受話器を取った。
【,......あ、真唯ちゃん?!よかったぁ、繋がった〜】
「おばちゃん、お久しぶり。元気だった?」
通話の相手は坪倉家の隣家のおばちゃんだった。梨乃共々、お世話になっているご近所さんのひとりである。万が一、梨乃に何かあった時のためにと転勤先の支社、つまりこちらの電話番号を教えておいたのだ。おばちゃんの余裕のない声に真唯はとっさに梨乃に何かあったのだと察した。
【あのね真唯ちゃん。梨乃ちゃんがね...病院に運ばれたの...!】
「え?母が?どうして...?」
【それがね......ナイフで刺されて】
その知らせに真唯は声にならない悲鳴をあげそうになり、受話器を持つ手が震えた。そして先程ボールペンに亀裂が入ったのを思い出す。あれは梨乃の聞きを知らせるものだったのだろうか。
【梨乃ちゃんの後輩の...笹倉さんにも連絡したんだけど電話に出る事は出来ませんっていう...ガイダンス?が流れてね。一応留守電には入れておいたんだけど】
「そうだったんですね...いろいろすみません」
【いいんだよ、そんな事は】
真唯はとにかく、上司に理由を話して早退させてもらうようにするとおばちゃんに伝えた。梨乃が搬送された病院は地元のそれとの事。
お礼を言って通話を切った真唯は、上司に理由を話した。あまりの顔面蒼白に上司は「早く実家に帰りなさい。こちらの事は心配しなくていいからね」と言ってくれた。真唯も上司を始め、部署の皆にもお礼と早退する事を詫びながら最後にお客さまである泰雅たちにも頭を下げた。一方、ビックリと嬉しさが心中で混ざり合ってる状態なのが泰雅だ。本日、出張に行く地方と会社の名前を以前真唯から教えてもらった記憶があったので、もしかしたら会えるかも...という夢のような事を願ったのだ。そうして今、遠い先にその想い人がいる。真唯に笑いかけようとしたが彼女から笑顔は返ってこず、余裕のない困ったような表情を浮かべたのち泰雅に頭を下げて真唯は足早に去った。
(真唯ちゃん......?)
去っていく背中に意識を向けたいが上司がいる手前そうもいかない。
しかし泰雅はバカではない。真唯の様子から何かがあったに違いないという考えに至ったのだった。
よし!幸い、今日は直帰だ。上司や同僚と別れた後、すぐに真唯に連絡してみよう...そう自分に言い聞かせた泰雅は業務に意識を集中させたのだった。
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