第36話
バレンタインデー当日は日曜であった。会社も昨日今日と休みだし、明日の月曜日は社内のあちこちでチョコの受け渡しが行われるのだろう。
一方の真唯はチョコをあげたい相手もいないから、せめてこちらに来てちょっとは頑張ってるな私、というワケで自分にご褒美をとチョコを買って味わっていた。きっと、涼祐が父親でなかったらチョコを手作りしてあげていたんだろうなと、今となってはありえない未来を想像しながら部屋で温かいコタツに包まれながらテーブルに頬杖をつく。
つけているテレビでは新婚さんの番組が放送されており、夫婦の出会いから結婚に至るまでを話しているところだ。それを見た真唯は三輪と小夜子の二人に思いを馳せる。
あの電話の件で小夜子から三輪と二人で改めて別れた両親に会いに行く事になったという知らせを受けてから今日に至るまで、二人からは何の連絡もない。小夜子とは社内で会ってはいたが、両親への挨拶の事を聞くと『うん、近々にね』と言うだけでそれ以上聞くのも何だからと真唯もこの話には触れないようにしていたのだ。だからどうなっているのかもさっぱりわからない。 それとも、やはり三輪の母親には挨拶に行く踏ん切りがつかないのだろうか。
そんな事を考えていたその時。
スマホから着信音が鳴り、手に取ってタップし出てみれば、相手は【.........坪倉さん】という沈んだ声をした...たった今、真唯が思いを馳せていた三輪だった。
「三輪くん......!」
真唯はあわててリモコンでテレビの音を消した。
【坪倉さん、小夜ちゃんへの電話の件、本当にありがとう。君が間に入ってくれたから彼女の気持ちが聞けて両想いになれたんだ。感謝してもしきれないよ。お礼を言うのが遅くなっちゃってホントごめん】
「ううん、いいんだよお礼なんて。小夜子さんから聞いた時は自分の事のように嬉しかったし。それで、今日はどうしたの?」
挨拶には行けたのか、それを尋ねたいのをこらえて真唯は三輪からの言葉を待った。
【.........小夜ちゃんのお父さんはわかってくれたんだけど.....予想通りというか、僕の母さんは......許してくれなかったよ】
「.........そう......やっぱり反対してるんだね」
【しかもあの人...小夜ちゃんに暴言を吐いたんだ。『オマエが私の息子をたぶらかしたんだろ!!この魔性の女!!私は認めないし許さないからね!!』って......!】
「酷い......!」
【僕は母さんを許さない!もう1ミリも一緒にいたくないから、今度は荷物まとめて家を出てきた】
「え?」
【これからは小夜ちゃんと二人で生きていくって決めたんだ!母さんに僕と小夜ちゃんを引き裂かれてたまるもんか!】
「三輪くん......」
【大丈夫だよ坪倉さん。心配しないで。ただ君にだけは僕たちのこれからを伝えたかっただけなんだ。万が一にも......僕の母が君のところへ行くなんて事はないと思うんだけど...君の事は話してないし。もし...もしも来たら、知らないって言ってくれないかな】
「うん。わかった。もちろん、知らないって言う」
【ありがとう。それからごめん。結果的に坪倉さんも巻き込んだ】
「大丈夫だよ。それに、巻き込まれたなんて思ってないよ。むしろ少しでも役に立てて嬉しいって思ってるのに......」
【ありがとう。坪倉さんも...いつか好きな人を忘れられちゃうくらいの人が君の前に現れてくれたらいいのに】
そう言った後、三輪は何か思い出したようにあ!っと発すると、次にこんな事を口にした。
【坪倉さんにメールを送ってきたあの人。確か...お母さんの学生時代の後輩だったっていう......。僕、その人にメールを打ってる坪倉さんを思い返してみて思ったんだ。その人なら、坪倉さんを救ってくれるんじゃないかって】
「私を?」
【すでに坪倉さんにとっては、お母さんの後輩以上の存在なんじゃないのかなって、思ったんだよ】
「............」
【あ。ごめん。話が長くなっちゃったね。じゃあこれで。坪倉さんもどうか元気で。本当に世話になったよ。ありがとう】
それを最後に通話は切れた。
スマホをテーブルに置くと、真唯の脳裏にはお母さんの後輩=泰雅の事を話す三輪の言葉がいつまでも響いていた。
しばらくしてから、小夜子からも着信があった。彼女からも三輪の母親に挨拶に行ったところ、許してもらえなかったとの話を聞いた。
「三輪くんからも連絡があって話を聞いたよ。お母さんの言葉があんまりでハラが立った」
【仕方ないよ。確かに私は兄をお母さんから奪った憎い存在だもの。それでもね...どんなに罵倒されても私は...兄と一緒にいたいの】
小夜子から改めて聞いた三輪への想い。こんなにも彼女は三輪を愛していたのだなと真唯は気づかされた。
そして、小夜子はこんな言葉を残す。
【......坪倉さん。今までありがとう。あなたに出会えてお友だちになれて、本当によかった......いつまでもお元気で。どうかあなたに好きな人を忘れられるほどの相手との出会いが...訪れますように】
そうして、通話は切れた。
なんだろう。まるでこれっきり会えないみたいな...言葉。
この時は気づかなかったが、翌日出勤した真唯はあの言葉の意味を知る。
小夜子が会社を辞めたのだ。
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