第35話
真唯はひとまず、通話の相手が三輪である事を前置きしてから内容を小夜子に話した。しかし、聞いた小夜子は心配する表情をしたものの首をヨコに振り「私には...関係のない事だから」と突っぱねた。それから夕飯の片付けを始める。
そんな彼女の様子に戸惑いながら真唯も「手伝うわ」と言ってスマホをテーブルに置いた。
こうして夕飯の片付けに取り掛かったものの、小夜子の手が幾度も止まりボーっとしている様子が見受けられた。
まるで、心ここにあらずといった感じで。つい真唯も「本当は気になってるんじゃないの?三輪くんの事...」と言ってしまったのだが小夜子からは「......そんなんじゃないから......」との言葉が返ってきた。儚げな見た目と違い、かなり頑固だ。
今は何を言っても同じ言葉しか返ってこないだろうし、しつこいのも嫌がられるだろうから、今夜はこれ以上は話すまいと決めた。
だが。このままにしておいていいハズもない。小夜子が三輪を兄以上には思えないなら仕方ないが、彼女も三輪が好きなのだから。
しかし、いったいどうしたら?
事態が動くきっかけになったのは翌朝かかってきた三輪からの電話だった。
彼は朝早く、しかも出勤前にも関わらずかけてきたのを謝罪してから「実は......坪倉さんに頼みがあるんだよ」と言ってきた。
真唯は彼と通話しながら手元に開かれた手帳にペンをはしらせた。
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社内の昼休み。
この日のお昼は小夜子と一緒に屋上でお弁当を食べた。その際に真唯は「実は、三輪くんから頼まれたんだけどね」と小夜子に切り出した。
「三輪くん、一度だけでいいからあなたと話がしたいんだって。本当は直接会いたいけど、たぶん小夜子さんは避けるだろうから...電話越しでもかまわないから話がしたいって...」
いったん話を中断させた真唯はバッグから手帳を出すと、あるページの端をビリビリに破り「これ」と言って小夜子の前に差し出した。
その紙には数字が書かれてあり「三輪くんの携帯番号だよ」と真唯は説明した。
「............」
真唯の手にあるメモが、吹いてきたそよ風にヒラヒラと揺れてカサカサと微かな音をたてた。その音は小夜子の耳に入ってきて彼女はゆっくり顔をあげた。
「とにかく。受け取るだけ受け取って。じゃないと風に飛ばされちゃう」
真唯からの言葉に、兄との繋がりが絶たれると思った小夜子はすぐに紙を自分の手に収めた。
一方の真唯は紙を受け取ってもらえて安堵すると、改めて三輪くんに電話した方がいいとか、しなかったら一生後悔するとかは言わなかった。それらについては昨夜話したし、小夜子だってわかってるだろう。
あとは「ありがとう。いろいろ世話かけちゃって」と言って紙を受け取った小夜子が決める事だ。
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それからは、三輪と小夜子の間に何があったのかはわからない。だが、しばらくして小夜子から「勇気を出して兄に電話をして想いを伝えたの......。それで近々私の父と兄の母に二人で挨拶をしに行こうって事になって......」との知らせを受けた。
「......おめでとう!よかったぁ!」
真唯は喜び小夜子を抱きしめた。
「坪倉さんが私と兄の間に入ってくれたおかげよ」と小夜子にお礼を言われて、三輪の気持ちも無駄にはならなくてよかったな、と思った。
しかし、真唯の反応とは逆に小夜子の表情は曇っていた。それぞれに挨拶しに行く際、心配事があるという。
「私たちの事を聞いた父の反応より、兄の母の反応を想像すると......不安で」
それも当然だろう。離婚時の小夜子に対するあの表情を思い返すと、あの母が許すハズもない。でも、三輪はいざそうなっても小夜子を守るからと言ってくれたらしい。
真唯も、どうかとんでもない事が起こりませんように、と祈った。
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