第34話

 兄と妹ではあっても血の繋がりはない。だから結婚だって出来る。三輪への想いに素直になってもいい。


 真唯からの前向きな言葉の数々に、小夜子は泣いてしまった。それと同時に三輪から想いを告げられた時の事が脳裏に蘇った。

 その日は両親のどちらも出かけていて家には小夜子と三輪しかいなかった。台所で皿洗いをしていた小夜子の背中に三輪が声をかけたと思ったら

「俺...小夜子が好きだ。妹としてじゃなく、ひとりの女性として...」と想いを告げられたのだ。

 小夜子は「何を言い出すの...お兄さん」と言ったが、本当は自分も好きだったから言われた瞬間は嬉しかったのだ。しかし三輪はとにかくモテる人だったので嬉しいと思ったのもつかの間、彼を信じる事が出来ないまま、今に至っている。

 信じられないのだから嫌いになればいい。そう出来たらどんなにラクだっただろう。三輪への想いを自覚するたびにそう思った。


 だが。

 小夜子が三輪への気持ちを表に出せない最大の理由は他にあった。

 それを涙ながらに小夜子は真唯に打ち明ける。

「私の父と兄の母の離婚の原因は性格の不一致だったらしいけど...たぶん母は兄と私の関係に気がついていたと思う。だって離婚が決まった瞬間、母の私に向けた表情が一気に変わったから...」

 それまでは本当に優しく接してくれた母。しかし、それすらも全否定するかのように母は小夜子に憎しみのような冷たい表情を見せたと言うのだ。

「あの表情を向けられて、ああ、母は気がついていたんだろうなって思ったし、家から荷物を運び出すのも父と私が不在の日に行っていたから...」

「じゃあ、三輪くんのお母さんは気がついていながらあなたに優しく接していたって事?」

 問いにうなずいた小夜子は「私もその考えにたどり着いた時、とてつもなく恐ろしくなった」と結んだ。


 血が繋がっていないのだから恋人にもなれるし結婚も出来る。

 でも、再婚した小夜子の父と三輪の母からしたら自分の子供が相手の連れ子と恋愛関係になるという現実は血の繋がりはなくともショッキングなのだ。

 真唯はそこまで考えが及ばず「血は繋がっていない事は強い」と豪語した自分を恥ずかしく思った。

「......ごめんなさい小夜子さん。自分の事を重ね合わせるあまりに現実が見えてなかった...」

「自分の?それって坪倉さんの事?」

「......うん」

「坪倉さんも私と似たような経験をしてるの?」

「......好きになった人がね、実の父親だったの」

「.........え?」

 それをきっかけに真唯は小夜子にも涼祐の事を話した。彼が母・梨乃の学生時代の後輩であった事や育ての父の葬儀で彼と出会った以降、いろんなところへ連れて行ってくれたりした事なども。

「私の場合は好きになった人が父親だったから失恋になってしまったけど、三輪くんと小夜子さんは違うでしょ。だから叶わなかった私の分まで二人には想いを成就してほしいと思ったの。でもご両親にとっては義理でも二人は兄妹であり子供たちだったのよね」

「坪倉さん......あなた。そんな辛い恋を...」

「今はひとりで落ち着いて涼祐さんへの想いと向き合ってる。こっちにいる三年の間にあの人をもうひとりのお父さんと思えるようになってお母さんとどんな恋愛をしたの?って聞けるまでになれたらいいなって」

「そう......。いつかその人以上の男性が現れるといいわね」

 涼祐以上の人...?

 真唯の脳裏によぎったのは「真唯ちゃん!」と自分の名を呼び笑顔を見せる泰雅だった。


(......なんで水都さんがよぎるの?)


 その意味がわからない真唯は「......そうだね」とだけつぶやいた。


 その時だ。

 真唯のスマホがメロディを奏でた。手に取り画面を確認すると「三輪くん」の表記が。

 通話をタップするとスマホを耳に当て「もしもし?」と語りかけた。

【......坪倉さん?】向こうから聞こえてきた三輪の声。しかし、何か急いでいるような雰囲気を真唯は感じた。

【俺、家を出た】

「え?」

【母さん...あの人...俺と小夜ちゃんの関係に気づいてたんだ。小夜ちゃんの父さんと別れてから、ずっと何かにつけて俺に見合いを推めてくると思ったら、そういう事だったらしい。だから...小夜ちゃんが好きだから誰とも結婚する気はないって母さんに言ったんだ!そしたら、そんなのダメよ!ってわめき散らして。もうダメだって思った】

「それで家を飛び出したのね。でも三輪くん。行く宛はあるの?」

【大丈夫。ビジネスホテルにでも泊まるから。心配しないで】そう言って通話は切れた。

 通話終了をタップした真唯は三輪の名前を出した事で話し相手が兄だと知った小夜子と顔を見合わせた。

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