第33話

 月曜日の朝。

 起床した真唯はまっさきに鏡に向かうと、目もとが腫れていないか確かめた。一昨日の土曜日。三輪の好きな女性が小夜子だという事がわかり、二人の出会いを尋ねた真唯は自然と自分の涼祐への想いと失恋を三輪に語っていた。それからボロボロと涙があふれて言葉が紡げなくなった真唯の頭に三輪は手のひらを置き、優しく撫でてくれたのだ。

 それがきっかけになって真唯は泣き出し、あまりに泣き止まないので周囲からは「彼女を泣かすなんて、ヒドイ彼氏だ」というような意味が込められた視線を向けられるようになったので三輪が「あのっ...坪倉さん...そろそろ泣き止もうか。なんか、あらぬ誤解が生じてるみたいだから...」とうろたえるハメになった。

 まあ、そんなこんなで目が腫れる不安要素はあったが、どうにかそれは治まっていたので安堵して会社に向かったのだ。



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 土曜の夜から日曜にかけて、真唯自身小夜子と話がしたいという思いが強くなっていった。その一方で余計なお世話かな、という気持ちもあったが以前、好きな人を尋ねた時の返答の意味を知りたいと思ったのだ。もしも彼女の好きな人が三輪だとしたら、何かアドバイスが出来るかもしれない。血の繋がった男性を好きになってしまった真唯だからこそ力になれる何かがあるかもしれない。

 悩んだ末に小夜子と話の場を設けようと昼休みにチャットした。

【小夜子さん。おはよう!いつでもかまわないので小夜子さんとお話したいです。空いてる時間を教えて下さい】

 彼女だって三輪とあんな再会をしてしまったのだ。必ず返事が来るハズと思い、それを待った。


 返事が来たのは、三時の休憩の時だった。

【坪倉さん。お返事遅くなってごめんなさい。なんなら私の部屋で今夜お話しませんか?夕飯うちで食べましょう】

 今日、小夜子は上司と共に外回りに出ており、そちらでの業務が終わると直帰となっていた。だから真唯が仕事を終えたら小夜子に連絡をする事になった。

 そうして一日の業務が終わった真唯は後片付け等を済ませるとロッカーで帰り支度をして小夜子にチャットで連絡を入れた。手ぶらで部屋に伺うのも何だからとコンビニでビール缶をいくつか買って部屋に向かった。


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 部屋のインターホンを押すとしばらくしてドアの向こうからエプロン姿の小夜子が現れた。

「いらっしゃい坪倉さん。お仕事お疲れさま」

「小夜子さんこそ。外回りだったんでしょ。お疲れさま」

「ありがとう。さ、どうぞ」

「おじゃまします」

 用意してくれたスリッパに履き替えてリビングに行けば、すでに夕飯の用意が出来ていた。メニューはこの季節にふさわしく鍋だったので思わず真唯の表情も晴れやかになった。

「鍋か〜。嬉しいな。こっちに来てからまだ鍋した事なかったから」

 真唯の嬉しそうな言葉を聞いて小夜子も嬉しかったようだ。それを前置きにしして「何だか...兄と父、母と鍋を囲んだ時の事を思い出しちゃった」と口にしたから。

 彼女の発言に真唯はわかった。

「.........小夜子さんの兄って三輪くんの事だよね」

 小夜子はうなずくと「この間はごめんなさい。真唯さんだけだと思ったらお兄さんがいたから......逃げ出すみたいになってしまって...」と言いつつ、鍋のフタを開けると定番の具たちが姿を現す。そして、グツグツと食欲をそそる音と共に湯気が宙にのぼっていった。


 話も大事だが腹ぺこには勝てない。さっそくテーブルに向かい合わせに着くと二人は小皿に盛った鍋の具を心ゆくまで堪能し、真唯が買ってきたビール缶を合間に飲んだ。

 ようやくお腹も満たされたところで真唯は、これだけは小夜子に伝えておこうと思ってと前置きしてから

「三輪くんとは中学時代にクラスメイトだっただけでお付き合いしてるとか、そんな関係じゃないからね。単にお互い本が好きだから会ってるだけだし」と噛まずに言い切った。

「あの時小夜子さんが逃げるみたいになったのは、三輪くんが女性といたからだったんじゃないかと思ったの。だとしたら誤解だから話しておかなきゃいけないなって」

「.........坪倉さんは...兄と私の事を...」

「うん、知ってる。三輪くんに尋ねたら話してくれたから。あなたは一生守りたい大切な女性なんだって三輪くん言ってた。よっぽど小夜子さんが好きなんだなぁって思った」

 兄にとって自分は一生守りたい人。それを聞いた小夜子は嫌悪感を示すどころか切ない表情を浮かべたのだ。それを目の当たりにした真唯は悟った。

「小夜子さんも...好きなんだね。三輪くんの事...」

 真唯に指摘されて小夜子はとはっさに「私は...兄を好きになんて...」と否定しようしたが、友だちとして接している真唯相手にはその弁解も途中で止まってしまい、うつむいてしまった。

 小夜子も三輪が好き。なのに好きじゃないと自分の気持ちを偽ろうとする理由はおのずとわかった。

「三輪くんと小夜子さんの場合は、確かに兄と妹ではあるけど血の繋がりはないんだもの。それだけで強いの。結婚だって出来るんだもの。だから...三輪くんを好きっていう気持ちに素直になってもいいと思うの。もう一度言うわ。二人の間には血の繋がりがないんだから、結ばれる事も出来るのよ」

「坪倉さ......っ!.........」

 次から次へと紡がれる真唯からの言葉に小夜子は涙ぐんだ。


 

 

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