第32話

 真唯は自販機の前に立つとお金を投入口に入れ、ホットのペッドボトルを二つ買った、中身はもちろんコーヒーである。

 同時に真唯は思い出していた。酔っ払った涼祐が今も梨乃に恋心を抱いてる事を知った時、動揺してる真唯を目の当たりにした泰雅があえて何も聞かない代わりに買ってきたミルクティーのペッドボトルを真唯のバッグにそっと入れてくれた事を。家に帰ってから飲んだそれは泰雅のおかげなのか美味しさと同時に心地ちいい温かさも感じられた。

 あの時の彼の優しさを今更ながらありがたいと感じつつ、ベンチで肩を落としている三輪の元へ戻った真唯は彼にペッドボトルを差し出した。

「...ありがとう。坪倉さん」

 真唯から受け取ったペッドボトルの温かさに三輪の心もほぐれていった。

「三輪くんと小夜子さんって、ひょっとして知り合い?」

 三輪の隣りに座った真唯からの問いに三輪はうなずき「彼女なんだよ、僕の好きな女性っていうのは」と返した。実は、以前にも三輪は小夜子を見かけた事があった。それが前々回、真唯と会った時だった。でもあれはハッキリではなかったので彼女に似た子だったのかもしれない。しかし、気持ちよりも体が先に動いて追いかけたが見失ってしまった。

 話を聞いた真唯は(確かに。小夜子さんは心の優しい女性で私をもその優しさで包んでくれる人だ。三輪くんが惹かれたのも当然かも)と思いながらペッドボトルのフタを開けて一口飲んだ。

「そういえば...坪倉さんも小夜ちゃんの名前を呼んでいたけど......」

「うん、同じ会社の人。今年の新年会でたまたま席がお隣同士だったのがきっかけで仲良くさせてもらってるんだけど」

「そうか......。ここで会ったって事は小夜ちゃん、ひょっとしてこっちに帰ってきてるのか?」

 独り言をつぶやく三輪に真唯が小夜子との出会いを聞いてもいいか尋ねると彼は「いいよ」と前置きして話し始めた。


 小夜子との出会いは特殊だった。

 三輪の母親と小夜子の父が再婚した事で二人は連れ子同士として出会い、義理の兄妹になった。それから小夜子と接していくうちに、周囲の女性とは全く違うタイプの彼女に三輪は惹かれていった。その結果、もはや抑えきれないところまで気持ちが限界にきた三輪は小夜子に告白。だが、彼女は信じる事がないまま、両親の間にも溝が出来始めていった末に離婚。三輪は母と、小夜子は父との生活に再び戻っていった。ちなみに両親には三輪の小夜子への気持ちはバレていなかったようだ。


 それから数年。


 今日、あのような再会をするまで二人が会う事はなかった。当然だろう、小夜子がどこでどうしていた事すら三輪は知らなかったのだから。

 しかし。小夜子への想いにだけは知らんぷりなどする事は出来なかった。

「小夜ちゃんは僕に会いたくないから連絡を絶っていたんだろうな」

「三輪くん......」

 真唯は小夜子と親しくなってきてから恋愛について尋ねた事がある。対する小夜子の答えは「恋人はいない。好きな人は前にいたんだけど...諦めたの」だった。それは、今思うと好きな人とは三輪の事で、諦めたのは彼が血縁関係がないとはいえ、兄だったからではないか。しかしこれは真唯の勝手な推理。今の段階で三輪に伝えるのは危険だ。

 だとしたら、今の三輪に対して真唯が出来る事などないんじゃないか。だが、今の三輪を放っておくのも不安がある。


(何とかしないと...)


 すると、真唯の口が勝手に開き始めたのだ。

「......私もね...こっちに赴任する前に好きな人がいたんだけど、失恋しちゃってね」

 真唯からの好きな人と失恋というワードに、ボーゼンと目に映るものを眺めていた三輪の意識がフッと浮上した。

「それが...こんな事あるのかなって思うんだけど。好きになった人って...私の本当の父親だったの。母から聞かされた時はもうショックで。こうなるともう失恋決定。それでもね。実の父だと知った今でも...好きな気持ちが消えないの」

 話しているうちに真唯の目からボロボロと涙がこぼれだす。

「転勤の話が出た当初は迷ったけど、ゆっくり冷静にこの気持ちと向き合える時間が必要なのかもって考えたらあのタイミングで転勤話が出たのはラッキーだって思えて......承諾した結果今、ここにいるの。そうしてこっちにいる三年の間に好きな人への気持ちに折り合いをつけようっ......」

 涙は止まらず、それ以上、言葉が紡げなくなった。

 そんな真唯の頭を三輪が手のひらで優しく撫でるから、真唯はこらえきれずに泣き出したのだった。

 

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