第31話

 年も開けてお正月気分でいた世間も、仕事が始まると普段の生活に戻り、そして二月になると、いろんなところでバレンタインデーの文字や店に並ぶ様々なチョコを見かけるようになっていた。

 土曜のこの日。真唯は三輪と映画を観に行った。大ベストセラーになった小説がこのたび映画化されたのだ。もちろん二人もこの小説の読者だ。

 実際観た映画はよく出来ていたと真唯は思った。対する三輪はヒロインを演じた女優がイメージと合ってなかったとこぼした。捉え方は人それぞれだ。

 鑑賞後は、立ち寄ったデパート内の食事エリアにあるレストランに入り一息ついた。

「もうじきバレンタインデーだね。三輪くんは相変わらず沢山チョコをもらってるんだろうな」

 世間話のつもりだったのが三輪からの返答には生真面目な雰囲気が含まれていた。

「......チョコは、お断りしてるんだ」

「え?それって...一切受け取ってないって事?」

「......ああ」

 笑みひとつ浮かべず真剣な表情で答えるので、真唯は黙ってしまった。そして考えた。よほど深い事情があってチョコを受け取らないでいるのではないかと。

 真唯が次の言葉を紡げずにいると、三輪はコーヒーを飲んでから口を開いた。

「好きな女性がいるんだ」

 真っ直ぐに真唯の目を見つめながら答えるので、つい自分に向けて言ったのではないかと錯覚してしまう。もちろん、真唯には三輪への恋愛感情などない。

「三輪くん好きな人がいるんだ。それ聞いたら世の女性が発狂しちゃうね。相手の女性は三輪くんの気持ちを知ってるの?」

「知ってる。以前、告白したから」

「返事は?」

「断られた。信じてもらえなかったんだよ。しかも逆に言われた。あなたにはあなたにふさわしい女性がいる。だから私なんかにかまうのはやめてって」

 それは仕方ないと思った。女性にモテモテの三輪から気持ちを告げられても相手はすぐには信じないだろう。でも三輪も不憫だと思った。

 そういった事情から三輪は彼女以外の女性からの気持ちをすべて断っているのだ。もちろんチョコも。

 それ以降も女性には想いを伝えてはいるがなかなか信じてもらえないらしい。

「まったく反応がないんだから、もう諦めた方がいいって一瞬でも思ったりするけど、やっぱり好きって気持ちが強いから諦められないんだよ。だから彼女にわかってもらうために根気よくやっていくしかないって思ってる」

 三輪の熱烈な想いを聞いた真唯が「きっと相手の方はステキな人なんだね」と話すと、三輪は力強くうなずき

「一生かけて大切にしたいと思える女性なんだ」と返した。

 真剣に一人の人を想い続けている三輪に真唯は涼祐への恋を重ねた。

「三輪くん頑張れ。私は応援してるよ。あなたの恋が実るように」

(......叶わない私の恋の分まで)

 エールを送られた三輪は嬉しそうな表情を浮かべながら「ありがとう、坪倉さん」と真唯に頭を下げた。



 レストランをあとにした二人は下に降りようとエスカレーターに乗った。三輪が前、真唯が後ろで。その中間辺りに上りのエスカレーターに乗る客とすれ違うところがある。

 するとそちらのエスカレーターに真唯の見知った人物の姿が視界に飛び込んできた。

「.........さ、小夜子さ...」

 そう。それは風邪の時にお世話になった小夜子その人で真唯が「小夜子さん」の「ん」を言い切ろうとした時だった。

 三輪の「...小夜ちゃん!!」という一際大きな声が真唯の「ん」をかき消したのだ。

 当然、真唯は心中でえ?と思いながら三輪と小夜子を交互に眺めた。

 小夜子は三輪の声に激しく動揺しているようで「ここから逃げなきゃ」という表情を浮かべていた。一方、三輪はというと、今すぐにでも彼女を追いかけたかったようだが、こちらのエスカレーターには他にも客がいて身動きを取るには危険すぎた。

「小夜ちゃん......」

 名を呼び、追いかけられなかった事を悔しがる三輪を前に、真唯は彼と小夜子が知り合いである事をこの時点で悟ったのだった。

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