第30話

 真唯は自宅のベッドの中でウンウンうなりながら

(ああ〜一人暮らしの身としては、これになる事だけは避けたかったのにっっ。どうしてなっちゃったかなぁ)

と後悔していた。


 ピピピっと電子音がして脇からデジタル式体温計を取り出せば、そこに表記されている数値は【37度9分】であった。それを見るなり心が折れ「またあがっちゃったよ〜」と天を仰いだ。


 そう。真唯は風邪をひいてしまったのだ。こちらの支社で働き始めて1ヶ月半が経っており、その中では昨年と違い、ひとりきりの年明けも経験した。

 やはり初めての転勤による疲れが出たのだろうか。二日前に喉の違和感を感じたと思ったら次第に悪寒がして喉の痛みも増していった。会社に出勤していたものの、これはマズイと思い、真唯の状態を知った上司からも無理せず早退しなさいとの言葉をいただいので同じ部署の皆さんにお詫びをしてから会社をあとにした。そして、今しか行けないと判断し、病院に直行。こちらに来たばかりの頃に自宅近くにある個人病院を調べていたので、まさかこんなにも早く役に立つとは...と調べた当時の自分に変な話、感謝してしまった。

 個人病院は自宅から歩いて15分のところにあった。初めてだから緊張しながらの来院だったが、受付の人から医師まで穏やかな方々、といった印象でそれだけで肩の力が抜けていった。

 診察の結果、やはり風邪で二、三日は安静にして下さいとの事だった。


 そして、今に至る。

 だが、二日前の夜に夕飯をとり病院で処方された薬を飲んだものの、回復の兆しはまだだった。よくよく考えれば、それと当たり前かも、と真唯は思った。

(ご飯を食べてないから薬も飲めないんだもんね...これじゃ治るものも治らない。かといってこの体でご飯作るのもしんどいし......)

 一人暮らしだからこそ一番避けたかった事なのに。改めて一人暮らしの大変さを身をもって知った真唯である。

 もちろんこんな事、母にも涼祐、泰雅にさえ言えない。


 そんな八方塞がりな中。

 ベッドの傍らにある棚のスマホが着信音を奏でた。

 誰?と思いつつ、確認してみるとそれはチャットの着信を知らせるもので画面を開くと【坪倉さん。二日前から会社休んでるって聞きましたよ。風邪どうですか?】とのメッセージが。

 あ...チャットくれたんだと密かに感動しながら真唯は体の状況を書き込んだ。

 すると。

【それは大変。今からそっちに行きますね。買い物をしていくので少し遅れると思いますが待ってて下さい】のメッセージに真唯はそんな悪いですよ...風邪、うつっちゃったらとか遠慮しようとしたのだが【大丈夫です!マスクもしていきますのでご心配なく!】のメッセージにようやくこちらも折れたのだった。


 ちなみに。チャットの主は土岐小夜子。会社の新年会で席が隣同士だったのが縁で仲良くなった営業部に在籍してる女性だ。年令は真唯よりひとつ下。


 しばらくして部屋を訪れた小夜子から至り尽くせりの看護を受けた真唯は次第に体調を回復させていった。あんなにしんどかった体がウソのようにラクになっていった事で、やはり人は誰かに助けられながら生きているのだなと改めて思った。それと同時に、真唯がこの地でこれから三年間、腰を落ち着けて暮らしていける、と自信を持てた出来事となった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る