第29話

 ところ変わって。

 こちらは真唯の(転勤前の)地元。


 土曜日。涼祐と待ち合わせをしているカフェ(寄り道カフェではない)へ向かった泰雅は店に入るなり、会計を済ませたらしい涼祐とバッタリ出くわした。

 涼祐の驚きの行動に混乱しながら泰雅は「お、おい。どうしたんだよ」と尋ねれば、なぜか怒りの表情を浮かべている涼祐から「悪い泰雅。場所変更する」と返された。

 そして本当に店を出ていった涼祐を追おうと、泰雅もほんの数秒入った店を飛び出す事となった。



 涼祐を追ってたどり着いたのは大きな公園だった。中に入ると、ベンチの前で立ち尽くす涼祐の姿があった。

 駆けてきたせいで息が荒くなったそれを整えた泰雅が涼祐に歩み寄る。

「いったいどうしちゃったんだよ。あのカフェで待ち合わせしようって言ったのは涼祐だろ。それがなんでいきなり場所変更なんだよ」

 泰雅に問い詰められた涼祐はようやく落ち着きを取り戻したのか口を開いた。

「......ごめん泰雅。さっきは頭に血が上っちゃって...怒りのあまりに店を飛び出してしまった」

「怒り?いったいあの店で何があったんだよ」

「実は...本を読んでいたら女性に声をかけられたんだ」

 そう前置きして涼祐は話し始めた。


〜回想〜


 涼祐に声をかけてきた女性は会社の同僚であった。女性は涼祐を見つけるなり「わぁ。こんなところで笹倉くんに会えるなんて...」と喜ぶと「向かいに座っていい?」と尋ねるでもなく、さっさと涼祐の向かいの席に座り込んでしまった。この時点で涼祐は「失礼な人だな」と心中でつぶやいたが彼のそんな様子に女性は気づくハズもないまま、更に話を続ける。

 そんな中で女性は涼祐の手にあった一冊の本を目にする。


 まさかこれで、自ら地雷を踏んで涼祐を怒らせる事になるとも知らずに。


「笹倉くんも読んでるんだぁ、その小説」

 その本こそ真唯も読み、三輪にも話した「例の小説」だった。

 涼祐が「君もこの小説読んだの?」と尋ねると女性は嬉しそうな表情を浮かべながら「そうなの!」と返し、感想を話し始める。

「愛した人が実は腹違いの兄弟だったなんて......ロマンチックよね〜」

「.........」

「こういうラブストーリーって、禁じられれば禁じられる程燃えると思うの。大好きなんだけど絶対結ばれない運命の人......。なんか、憧れちゃうわよね〜」


【なんか、憧れちゃうわよね〜】


 涼祐にとってこれは地雷だ。

 怒りで本を持つ手に力が入る。


「本当に君は...こんなシチュエーションに憧れを感じてるのか?」


 それまでウットリした表情で語っていた女性は今まで聞いた事のない涼祐の低い声に話を止めると「......え?」と聞き返し、当然ながら涼祐に視線を向けた。

 とたんにウットリした表情が恐怖で歪む。

 なぜなら。

 涼祐が怒りの表情で女性を見ていたからだ。

 言葉を失う女性に今度は涼祐が言葉を浴びせる。

「恋人が実は兄弟だったなんて話、俺は悲劇の何ものでもないと思う。だって一生結ばれないんだ。そんなの、ただただ悲しいだけじゃないか。こんなの小説としてはアリだろうけど、あくまでフィクション。結末は子供を作らない事を条件に夫婦になるけど、現実は甘くない。賛否あるのもわかるよ」

「あ、あの......」

 あまりに涼祐の言葉に鬼気迫るものを感じて女性は口を挟めないでいた。

「つい先程この小説を読み終えた。読んでる間、ただただ苦しかったよ。正直なところ、もう一度読みたいとは思わない」

 涼祐は帰る支度を終えるとイスから立ち上がった。

「俺はこれで失礼するよ」

 それだけ女性に言うと涼祐は会計へと向かった。嬉々として声をかけた結果、失望された女性はショックのあまり主がいなくなったイスに座ったまま動けずにいた。

 泰雅が出くわしたのはこの後だ。


〜回想おわり〜



 話し終えた涼祐はベンチにゆっくり腰を下ろした。対して話を聞いた泰雅はその内容に軽く衝撃を受け、この重い空間を明るくするためかのように近くの自販機で二つ小さいペットボトルを買ってベンチに戻った。

 泰雅から差し出されたペットボトルを「あ、ありがとう」と答えて受け取った涼祐はさっそくフタを開けると、コーヒーの香りが鼻をかすめた。

「コーヒーの香りはホッとする...」

 そうつぶやいてペットボトルに口をつけるのを確認して隣の泰雅もフタを開けた。

「確かに涼祐が怒るのも無理はないよな。お前の事情を知らないにしても、口にするべき言葉じゃない。ましてやロマンチックだとか憧れるなんて。バカにしてるとしか思えないものな」

 泰雅から共感の言葉をもらった涼祐は「ありがとう」の意味で頭を下げた。

「......小説を読んでいる間。ずっと頭の中に真唯さんを思い浮かべていた。あの子は...俺が実の父親だと知った時...絶望したんだろうな。小説の二人と同じように」

「............」

「泰雅に助けられて真唯さんを自宅に連れて行った時だった。あの子に聞かれたんだ。❝どうして笹倉さんが...私のお父さんなの?❞って。その時あの子が俺に抱いてる気持ちも知った」

「.........そうか。そうだよな。真唯ちゃんにしてみたらそう思うよな」

 泰雅もこの小説だけは、真唯にも関係してるのもあって読んでいた。

「俺は読んでいて話の中の二人に同情したし、こうなるきっかけを作った父親に怒りを感じた。二人にも恨まれて当然だと思ったよ。ヒロインに真唯ちゃんを重ね合わせてたのもあったから余計にハラが立ったのかもね」

 感想を語った泰雅。その中で出た「父親に怒りを感じた」に涼祐もつぶやく。

「俺も...真唯さんに恨まれるべきなんだよな。出会った時に父だと名乗らなかったばかりにあの子に余計な感情を抱かせちゃったんだから」

 涼祐のそんなつぶやきはペットボトルから香るコーヒーの香りのように空気の中へと消えていった。

 

 

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