第27話
真唯が〇〇支社に勤めだして、ようやく一ヶ月が経った。
初日は同じ会社とはいえ、どんな人たちとこれから働く事になるのかという不安からド緊張だったが、フタを開けてみれば所属部署の人は皆いい人ばかり。元いた支社と比べたらお局さまみたいな女性もいないので、かえって気持ちよくお仕事に励めているという状況だったりする。
食事は毎日自炊だ。金銭面的な事情でそうせざるを得なかったのが現状である。実家にいる時は母と交代で家事をしていたが、毎日ともなるとなかなかに大変で改めて母のありがたさを痛感している。
そんな中で続けている事といったら、読書だ。しかし今は本の購入も控える事にしている。その代わりに近くに地元では一番大きいという図書館を見つけ、土曜日ごとに入り浸っている。
そんな中真唯は、現在はこちらで職員をしている学生時代のクラスメイト(男性)に再会した。
いつものように本の貸出の手続きをしていると担当した男性から「あの...失礼ですが。ひょっとして君、坪倉さんではないですか?」と尋ねられたのだ。
真唯はまだ気づかないながら「そうですけど」と返せば男性は安堵の表情を見せ「お久しぶりです。中学で一緒だった三輪篤志ですよ」と名乗ったのだ。そこで真唯も「あぁ!」と思い出した。
しかし、こんなところで話を始めるのも迷惑なので、時間を取って改めて話をしようという事でその日は別れた。
それから翌日の日曜に図書館の隣にあるカフェ「ふれあい」で改めて会った。特に真唯にとっては知らない土地にやってきた感がまだまだあるし、寂しくないと言ったらウソになる。そんな時に懐かしい人との再会は嬉しいものだった。
本人からも説明があったように、三和篤志は真唯の中学時代のクラスメイトだった人だ。当時からメガネをかけていたがそれは今も変わらない。成績優秀だったが二年の終わりに両親が離婚。一人っ子だった彼は親権を持った父と共に゙地元を離れ、学校も転校していったのだった。
「僕も坪倉さんの影響で読書が趣味になったんだよ」
「あー。あの時はずいぶん趣味語りになっちゃったから、三輪くん呆れたかなって思ってたんだけど」
「とんでもない。あの時の坪倉さんの言葉の数々は、僕に読書への興味を抱かせるには十分だった。おかげで、いろんな世界を体験できる読書は僕の支えみたいなものになったし、司書をめざすまでになった。その事でも坪倉さんには感謝してるんだ」
「感謝なんて...大げさだよ。でも何だか安心した」
「僕も。坪倉さんが今も読書好きでいてくれて嬉しい。坪倉さんが今読んでる本ってどんなの?」
そう聞かれた真唯はカバンから一冊の本を取り出した。それを見た三輪も「僕も今読んでる本がまさしくそれなんだ」と驚きながら話した。
実は今回の本。
真唯自身、読もうか読むまいか大いに悩んだ。
なにしろ、この小説のあらずじが恋人になった男女が実は、腹違いの兄妹だった...というものだからだ。この小説は発売当初から衝撃作と話題を呼び、売上を大いに伸ばしていった。
真唯が小説を知ったのは情報番組内にある「オススメ本のコーナー」でだった。あらすじを聞いた途端、真唯は妙な動悸に襲われてしばらくボーゼンとなった。
気になった、または興味を惹かれた本は迷わず手に取って読んできた彼女だったが、今回は手に取るまでにかなりの時間を要した。気持ちがわかりすぎるからこそ読む事にためらいもあったのだろう。
ラスト、二人は自分たちだけで結婚式を挙げ、事実上の夫婦となる。その代償として決して子供は作らないという十字架を背負って...。
「あの結末には賛否両論が起こったけど私自身、現実にはありえない話だなと思った」
真唯の話を聞いた三輪も「そうだよね」とうなずいた。
「話を読んでいて何度も二人の進む道は地獄だなって思ったからね。だからこそ実際には起こり得ない話だと僕も思ったよ」
地獄...。
それは真唯も同じだった。
その果てに、彼女は気づいた事がある。
真唯は小説の二人に自分と涼祐を重ね合わせては、自問自答し続けた。
❝果たして私は、あんな地獄に笹倉さんを引きずり込めるのか?❞ と。
読み終えるまでに何度も問うた問題に真唯が出した答えは......否、であった。
自分には出来ないと思ったし、何より涼祐にそんな苦しい思いをさせたくはないと思った。
真唯にとって、涼祐が父親だと知ってからずっと抱えている苦しい気持ちに、ひとつの答えを見いだせた気がした。
「坪倉さんはいつまでこっちにいるの?」
「三年間。今回、初めての一人暮らし。今は母のありがたみを毎日痛感してる」
「そうか。俺も実家を離れてこっちで一人暮らしをしてるんだ。司書になったのはその後でさ」
「じゃあ、三輪くんはこっちで一人暮らしをしてる先輩なワケだ。もしわからない事があったら三輪くんを頼ってもいいかな?」
「喜んで!それに、こうして再び坪倉さんと本について話も出来るんだ、スゴく嬉しいよ!」
「私も。スゴく嬉しい」
明日からまた頑張ろうと思った、その時。
テーブルに置いてあるスマホが震えた。画面には【メールが届きました】の表記が。
開いてみれば...。
【真唯ちゃん、元気?】というタイトルが目に飛び込んできた。
泰雅からであった。
【ごめんね。一ヶ月経ったけどどうしてるかなって心配になっちゃって、ガマン出来なくてメールしちゃった】
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