第26話
真唯が泰雅に転勤の話をしたのは、お祭りの開催時間終了が間近に迫った頃でそろそろこれで...と真唯が帰ろうとした時であった。
「実は私...来月から〇〇に転勤する事になったんです」
それを聞いた瞬間、泰雅の表情が固まった。そして始まる質問の嵐。
「来月から?」
「はい」
「来月って、もうすぐだよね?」
「はい。それで、今日まで実家で過ごして明日から準備のために転勤先へ......」
「何年でこっちに戻ってくるの?」
「三年です」
さんねん...とつぶやいた泰雅は「三年も真唯ちゃんに気軽に会う事が出来ないなんて...」とテーブルに突っ伏してシクシクと泣き出した。
それから、今回の転勤を決めた経緯も泰雅に打ち明けた。
「話を聞いた当初は断ろうかと思いましたが、よくよく考えてみると今の私にとっていい話なんじゃないかなって思い始めて。母にも気持ちを話したら最後はわかってくれました。三年向こうで仕事に邁進しながら、笹倉さんへの気持ちと向き合おうと思ってます。笹倉さんには見守っていて下さいとお伝えしました。だから水都さんにも見守っていただけたらと思ってます」
真唯の話を聞いた泰雅は「よくわかったよ、真唯ちゃん」とハンカチで涙を拭きつつ理解した。
「そうだよね。今の真唯ちゃんには涼祐への気持ちと折り合いをつける時間が必要だ。君の気持ちはよく理解した。でもこれだけはわかってほしい。たとえ真唯ちゃんが遠くに行っても君を好きな気持ちは消えないし消せないから」
「水都さん......」
泰雅の真剣な瞳が真唯に向けられる。
「ありがとうございます、水都さん。そしてごめんなさい。あなたに恋愛感情を持つ事が出来なくて......」
謝る真唯。泰雅は首をヨコに振る。
「心だけは誰にも支配する事は出来ないんだ。俺が真唯ちゃんを好きな気持ちも真唯ちゃんの涼祐への気持ちも...誰にも支配する事は出来ない。そんな権利は誰にもない。だから真唯ちゃん、謝る必要なんてないんだよ」
泰雅からの言葉は真唯の心を軽くした。重かったものが落ちて、背中に翼が生えたみたいにフワ〜と軽くなった。
明日は平日だから泰雅も涼祐も真唯の見送りには行けない。
「どうか体に気をつけて行ってね。真唯ちゃんがあっちでも仕事に打ち込めるように祈ってるから」
「ありがとうございます水都さん。今日は本当に楽しかったです」
泰雅からのエールに感謝した真唯は「では、行ってきますね」と言い残して泰雅の元を去った。
✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠
所属部署に戻ろうと向かっていた泰雅をあの同期の女性が迎えにやってきた。
「あの子は?」
「帰ったよ。もうそろそろ終わりだし」
「......そう」
その時、女性の視線が泰雅の目もとにとまった。
「水都くん......泣いたの?」
「え?」
「わかった!あの子が原因なんでしょ!」
女性は力強く泰雅の腕を掴んだ。
「他の人が言ってたわ。水都くん、あの子に片想いしてるって。それに彼女には好きな人がいるらしいじゃないの。そんな人を好きになって何になるの?決して両想いにはならないのに。そんなの...水都くんがツライだけじゃないの......!」
「............」
「大丈夫よ。あの子じゃなくたって、水都くんを好きだって言ってくれる女の子は他にいくらでもいるわ」
訴える女性に対して泰雅は彼女に腕を掴まれたまま、うつむいていた。
女性は更に続ける。
「私...水都くんの事が好きなの...ねえ、私だったら一生あなたの事を好きだって言ってあげられるわ!だから...私を好きになって...」
「......やめてくれよ」
「え?」
「そんなの...恋愛じゃないだろ...」
「水都くん?」
「君は、それでも俺から好きだって言われて心から嬉しいって思えるのかよ!」
「.........」
「好きだとは言っても、実際は俺の中には君への恋愛感情なんかないんだぞ!それこそ、ツライだけだろ!」
その言葉が通じたのか、泰雅の腕を掴んでいた女性の手から力が抜けていった。そのため、泰雅の腕には掴まれた指の痕がしばらく残った。
「俺はあの子を好きになっちゃったから好きでいるだけだ。もちろん振り向いてほしいって気持ちもあるけど...それは二の次だよ。俺はあの子と学生時代の先輩だったあの子のお母さんから”安心出来るオジさん”って思ってもらえるだけで嬉しいんだ」
「............」
好きな人の話をしている時の泰雅は大きな子供みたいに思っていた。そして女性は気づく。
泰雅のこの姿を見るのが自分は好きだったんだと。
女性は涙をボロボロこぼして泣き出した。
「あの子が羨ましい...!どうして水都くんの近くに毎日いるのにあなたは私を好きにならないんだろう......」
「そんなもんだよ。両片想いなんて事、めったにあるワケないし」
女性に言い聞かせながら泰雅は決して口には出せない気持ちを心中で吐き出す。
(俺だって思ったよ。どうして真唯ちゃんが好きになったのが俺じゃなかったんだって)
涼祐にも...真唯にも絶対知られるワケにはいかない気持ちだった。
✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠
翌日。
引っ越しが完了した真唯は母と晃子に見送られながら、実家を出発する事に。
「いい?時間に余裕があったらキチンと自炊するのよ?一人だからって生活のリズムは崩さずに。カギの閉め忘れには十分注意する事。それから、男性を無闇矢鱈に信じない。すべての人が笹倉くんや水都くんのような人ばかりじゃないんだからね」
次から次に飛び出す母からの言葉に真唯はハイハイと何度もうなずく。
「わかったわよ、お母さん。規則正しい生活を心がけます。あちらの支社の皆さんにも迷惑をかけちゃうし」
晃子も真唯が離れていく事を寂しがった。
「ずっと一緒だったから離れて暮らすなんて考えもしなかったな。どうか元気にね。真唯がこっちに戻ってくる三年後には私のお隣に旦那様がいるかもね〜」
「あ、言ってくれるわね〜。でもホントにそうなったらちゃんとお祝いするからね」
話が盛り上がっているがそろそろ時間だ。真唯を乗せた車は発車し、20年間育ったこの地にしばしの別れを告げた。
一方、出発時刻を知らされていた涼祐と泰雅はそれぞれの場所で真唯に思いを馳せ、出会った時からの事を頭の中に思い浮かべていた。
あっという間だったなと思う。まるで流れ星のような速さだった。
どうか気をつけて。
真唯さん。
真唯ちゃん。
我が娘の...大好きな人の新天地でのスタートが良いものとなるよう二人は強く祈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます