第25話

 涼祐に会ってから数日が経ち、ついに真唯がこちらで過ごす最後の日となった今日。

 真唯は、とある建物の門前にいた。

 実を言うとこちら、泰雅が勤めている会社なのだ。

 泰雅には転勤の話をまだしていなかったので連絡を取ろうとしたところ、その泰雅からメールが届いた。内容は、今度うちの会社でお祭りがあるから真唯ちゃん来ない?というもの。転勤のお話をするいい機会だと思い、参加を承諾した。

 お祭りは盛大に行われており、たくさんの出店には大勢の客たちで溢れかえっていた。皆、社員の家族や友人たちなのだろう。あらゆる場所で社員と客が談話する様子も見られた。

 真唯も例に漏れず、泰雅の出迎えを受けた。

「こんにちは真唯ちゃん!よく来てくれたね!君に会えるのを楽しみにウェイターの仕事やりきったよ」

 そう話す泰雅はウェイターの格好をしていた。

「お疲れ様でした。という事は水都さんのところはカフェをなさったんですか?」

「ありがとう!そうなんだよ。くじ引いたらウェイターになっちゃってさ」

「でも水都さんウェイターピッタリだと思いますよ。制服姿も似合ってますし」

「ありがとう!真唯ちゃん大好き!」

 褒められて嬉しかった泰雅は、その想いを内に秘めておく事が出来ずに真唯を抱きしめていた。しかし、泰雅からのアプローチにすっかり慣れっこの真唯は、それにビックリするでもオタオタするでもなく淡々と抱きしめられたままでいた。

 ただ。泰雅という男は昔とった杵柄ではないが女性にはそれなりに人気があるようで、見知らぬ女を抱きしめる泰雅と抱きしめられてる女の姿に周囲にいた女性社員がどよめいた。それを漂う雰囲気と視線で気づいた真唯は「ハイハイ水都さん。わかりましたからいい加減離れましょうか」と泰雅の頭を優しく撫でた。

「いろいろ案内して下さるんでしょ。さ、行きましょー」

 泰雅が離れると真唯はそのままスタスタと歩き出した。

 まず最初に泰雅が在籍してる部署のカフェに入った。そこで泰雅が真唯を仲間たちに紹介。最近女性に一目惚れをしたと泰雅から聞かされていた仲間たちは、以前昼休みのランチ帰りに真唯を遠くから見かけてはいたが、こうして間近での顔合わせは初めてだった。

「この子が泰雅が夢中になってる片想いの相手なんだ」

「初めまして。お噂はかねがね」

 真唯は頭を下げ自己紹介した。

「坪倉真唯といいます。今日は水都さんからお誘いを受けてこちらにお邪魔させていただいてます」

 真唯に挨拶をする彼らの中で、あの泰雅と同期の女性だけは真唯に挨拶するでもなく彼女をジッと見つめるだけだった。その存在には真唯も気づいているが気に留めないようにした。すべての人が好意的とは限らないのだから。

 カフェで食事を済ませた真唯は、それからも泰雅の案内でいろんなところを回った。

 そして思った。毎年、各部署が出し物を考え、お客を楽しませようとする社員らの姿勢は素晴らしいと。実際、真唯が勤める会社の行事といったら社員旅行と忘年会に新社員歓迎会くらいだ。とてもこちらの会社の真似なんて出来ないだろう。

 最後は出店でペットボトルのコーヒーを買って会社の外へと足を伸ばした。そして食事専用に設けたテーブルの空席に座りホッと一息ついた。周囲の歓声が二人を包んでいるようだった。

 泰雅いわく、普段は静かなのだそうだ。

「人がいるとしたらベンチで昼ごはんを食べる社員くらいかな」

「ここでお昼食べるのわかる気がします。天気のいい日は日向ぼっこも出来ますし」

「そうそう、猫になった気分になるよ」

 そう話す泰雅を見て真唯は、猫になって日向ぼっこする彼の姿を脳裏に浮かべてクスクス笑ってしまい、泰雅はそんな真唯を眺めていた。

「今日は真唯ちゃんといろいろ回れて楽しかった!ありがとう」

「いえ。私こそ楽しかったです。ありがとうございました」

 実は、涼祐も誘ったのだがお祭りをやるんだと切り出した早々に「その日は真唯さんだけを誘ってやれよ」との返事が。「俺は父親としてお前の事一目置いてるんだからな。その日は真唯さんをよろしく頼むぞ」とのお言葉をいただいた。これは泰雅の胸の中だけにしまっておく事にした。

 一方、真唯は「あの...今更なのですが」と前置きしてから「居酒屋で私を守って下さったの、水都さんだったんですね。本当にありがとうございました」と泰雅に頭を下げた。

「いやいや。好きな人を守るのは当然の事だから!いやぁ。涼祐が迎えに来た時はホッとした」

「水都さんに会えていなかったら私...どうなっていた事か...。それなのにお礼を言うのが遅くなってしまって申し訳ありません」

「梨乃先輩からもお礼の電話をもらったけど、何事もなくてよかったって改めて思うよ」

 そういえば...この前涼祐も別れ際に、梨乃からお礼の電話をもらったと言われた事を真唯は思い出した。

「でも......あの日はお酒を飲まなきゃ、やってられない気分だったんだよね」

「............」

「話を聞いていたら...そうなるよなぁって思ったから」

「.........はい」

「その前に真唯ちゃんに謝らなきゃ。俺も実は、涼祐が君の父親だって事知ってた。でも黙っていた。ホントにごめんっっ」

 今度は泰雅が力強く真唯に頭を下げた。謝罪された真唯は、改めてそういう事だよね...つまり、と心中でつぶやいた。

「涼祐の事を知ってる立場であるなら、アイツに恋をした君にダメだよって言うべきだったんだろうね。でも言えなかった。どうしてかな?」

「言えなかった..ではなくて、言う必要がなかったんですよ」

「え?」

「.........笹倉さんは今でも母を想い続けている。水都さんもその事を知っていらした。どれだけ私が笹倉さんを好きでも決して恋愛にはならない。だって私と笹倉さんは実の親子だから...間違っても笹倉さんは間違わない。そこから来る絶対的な安心感があったから...水都さんが言う必要はなかったんです」

「そうだね。涼祐は真唯ちゃんに会う前から半分、自分の娘じゃないかと思ってたから。最悪な事にはならないだろうって思ってた」

「実は、私も笹倉さんがまだ母を好きな事を知ってました」

 真唯は酔っ払った涼祐を部屋に運んだ時に彼が寝言で母・梨乃の名を呼んでい事だけを打ち明けた。それを聞いた泰雅は、飲み物を買ってきた際に突然帰ると言い出した真唯の様子の変化にようやく納得出来たのだった。


 


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