第24話
次の日、真唯は上司に転勤の話を受け入れますと伝えた。
「ありがとう。坪倉さんに断られたらどうしようかと思っていたから承諾してくれてホントに助かったよ」
上司はよほど嬉しかったのか真唯の手を取って感謝を伝えてきた。
それから話は進み、〇〇支社への転勤は来月に決まった。季節はあれほど暑かった夏から金木犀の甘い香りが漂っていた秋、そして寒さを感じるようになった冬へと変わり始めていた。
その前に涼祐にお金を返さなければ。
ところが、転勤に関する事でバタバタする日々が続いたため涼祐になかなか連絡も出来ずにいた。
やっとそんな日々から解放されたのは、転勤する日が間近に迫った頃だった。
ある夜。真唯はスマホで涼祐に次のような内容のメールを送った。
【笹倉さん。こんばんは、ご無沙汰してます。先日は本当にありがとうございました。おかげでタクシー代も無事払えました。それで残りのお金を返したいので
今週の土曜日あたりにお会い出来ませんでしょうか?】
しばらくして涼祐からメールが。
【こんばんは真唯さん。払えたのならよかった。
俺も今度の土曜OKだから、寄り道カフェで会いませんか?】
もちろん真唯もOKのメールをして土曜に会う事となった。
✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠
そして土曜の午後、先に店に来たのは真唯だった。
空いてる二人用の席に座った彼女を晃子が迎える。
「いらっしゃい真唯」
「晃子。この間は心配かけてごめんなさい」
「いいのいいの。で?今日はおひとり?」
「ううん。笹倉さんと待ち合わせしてるんだけど」
涼祐と会うと聞いた晃子はとたんに心配顔になった。
「笹倉さんと会うって...大丈夫なの?」
「うん。笹倉さんにどうしても渡さなきゃいけないものもあるし、話したい事もあるしね。晃子にもいずれ話するけど」
そこにカランカランという来客お知らせのベルが聞こえてきて振り返れば、涼祐だった。
「............」
涼祐の姿を目にしたとたん、息を呑んだ真唯。
......カッコいい。
実の父だと理解したい、でもしたくない気持ちがごちゃまぜになりながら真唯の気持ちを覆ったのは涼祐への恋心であった。
自分はこの先、涼祐を父親だと思える日が本当に来るのだろうか?
真唯はすごく不安になった。
こんなに自分は涼祐が好きなのに。
真唯はすぐさまイスから立ち上がると「晃子ごめん...私やっぱり帰るね...」と小さく告げるなりバッグを手に席をあとにした。それから、自分を見つけてくれた涼祐には「笹倉さん...ごめんなさい...私、用が出来てしまったので失礼します。私から呼び出しておきながら...本当にごめんなさい!!」と伝えるだけ伝えて店を飛び出していった。対する涼祐は真唯が泣きそうに見えたので心配になって追いかけようと店を飛び出した(晃子には「ごめんなさい、また改めてこちらに来ますね」と伝えるのを忘れずに)。
今ならまだ追いつけると思った矢先、涼祐はビックリして足を止めた。真唯が目の前に立っていたからだ。
彼女は泣きながらバッグから取り出しておいた茶封筒を涼祐に差し出した。
「気持ちが先走って...今日笹倉さんをお呼びした目的を忘れてしまうところでした。メールでもお話した通り、この前タクシー代にと持たせてくれたお金の残りをお返しします」
「ありがとう。お金なんていつでもよかったのに」
「いえ。今のうちにお返ししておかないといけなかったので.....」そう言って間を置いてから再び口を開く。
「私、来月から〇〇に転勤になりまして。向こうで初めての一人暮らしをするんです。母も承諾してくれました」
「転勤?来月ってもうすぐだよね」
「はい」
「どれくらい向こうにいるの?一年で戻れるハズがないだろうし」
「三年です。三年は向こうでの勤務になります」
「三年か...。この事、泰雅にはまだ?」
「はい。数週間前にお話を受けてそれからいろいろバタバタして忙しくて...。だからこうして笹倉さんにお話しするのさえ遅くなってしまったので、水都さんにもまだ...」
「そうか」
うつむく真唯に涼祐はどうして店を、自分の前から去っていこうとしたのかその理由を尋ねた。すると真唯はこらえきれず泣いてしまった。
「真唯さん」
「笹倉さんごめんなさい、私......あなたが実の父親だとわかった今でも......胸の中にある恋心を消すことが出来ません」
「.........」
「でも、笹倉さんが本当のお父さんだと知って嬉しいと思う気持ちもあるんです。だけど、笹倉さんを好きだって気持ちの方が今はとてつもなく大きくて......。転勤の話、今の私にはちょうどよかったと思ってます。向こうで三年間、落ち着いてこの気持ちと向き合いながら仕事に邁進しようと思ってます。そして笹倉さんを心から❝もうひとりのお父さん❞と呼べるようになりたい。どうか笹倉さん...ここから見守っていてくださいね」
真唯はそう言って精一杯の笑顔を浮かべた。
「............」
涼祐は札が入った茶封筒をギュッと握りしめながらこらえた。そうしないと男泣きしてしまいそうだったから。
真唯に偶然訪れた転勤話。それを承諾せざるを得なくさせたのはきっと自分だろうと涼祐は思った。こんな事にならなければ真唯は自ら受け入れる事はしなかったに違いない。
だがいくら涼祐が...母・梨乃が...自分を責めても、もうどうにもならない。
真唯の決意がここまで固いのだ。涼祐がすべきはここから黙って彼女を見守る事に他ならないのだ。
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