第23話
その日はひとつ、真唯の元にとある話も舞い込んでいた。
午後の仕事開始早々、上司から会議室に呼ばれた。私、何かしたかな?と不安になりがら会議室に入り上司から促されて座った彼女に「実は、坪倉さんに〇〇支社への転勤の話が浮上してね」と上司は第一声で切り出した。
転勤先は南方面の支社で三年は向こうに行ってもらいたいという。選ばれた一番の理由は未婚だから、という事だった。未婚の社員なら身軽だし頼みやすい。真唯もそれには納得した。
だから「少し考えさせて下さい」と伝えた。
だが。
午後の仕事をしていくうちに真唯の中で少しずつ考えが変わっていった。ここで転勤の話が出たのはもしかすると良い事なのかもしれない。今の自分には落ち着けて涼祐への気持ちにけりをつける時間と場所が必要なのだと。
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家に帰宅した真唯は、複雑な気持ちを抱えたまま母に転勤の話をした。
そして告げる。
「私、この話受けようと思ってる」と。
「住まいは会社が用意してくれて全額持ってくれるって事だからお母さんにも迷惑かけないし、それに......いいタイミングだと思うの。三年向こうで落ち着いて考えながら仕事に邁進する」
娘から出た「いいタイミング」と「落ち着いて考える」が何を意味しているか母にはわかった。恋心を抱いていた人が実の父親だと知って、ハイそうですか。じゃあ今日から好きな人は私の父親ね、とそう簡単に切り替えられるワケがない。
だから母は「わかったわ」と娘の転勤を承諾した。本当は真唯に一人暮らしなどさせたくはなかったが、娘の今の心境を考えれば致し方のない事だとも思った。きっとここにいる方が今の真唯にはツライだろうから。
自室に着いた真唯はバッグからスマホなどを取り出そうとする中で、茶封筒に目をやる。入ってるのは数枚の一万円札で予備のタクシー代にと涼祐が渡してくれたものであった。実際払ったのは万札ニ枚で、真唯の一万と涼祐の分から一枚という形だった。
本当に助かった。あとの残りはキチンと涼祐に返さないと。
(その時を最後に私はもう笹倉さんに会うのはやめる。こんな気持ちのままじゃ今までみたいに笹倉さんと会い続けるなんて出来ないし、逆に笹倉さんも私の気持ちを知ってしまってはどんな態度をとっていいのかわからないだろうし)
同時に転勤の話も告げようと決心した。
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一方、涼祐は同時刻、泰雅を部屋に招いた。居酒屋で真唯を守った末に自分に引き渡してくれた感謝を伝えるために。
涼祐から感謝された泰雅は「俺は、大好きな真唯ちゃんを守りたかっただけ」と返しながら缶ビールに口をつけた。
感謝を前提に、涼祐は真唯を引き取ったあと彼女を部屋に泊まらせた経緯を泰雅に話した。
対して話を聞いた泰雅は、涼祐のベッドに寝かされた真唯が酔っ払っていてよかったのかも、と思った。シラフだったら涼祐のぬくもりが感じられるベッドに寝る事は真唯にとっては苦痛に違いない。何と言ってもベッドの主はどれほど想いを寄せようと実の父なのだから。
失恋の理由はいろいろあれど、このようなものもあるなんて。
「俺は父親として真唯さんにはこれからも会いたいけど......彼女は会ってくれないだろうな。今更ながら初対面ではなくても会ったばかりの頃に父親だと名乗っておけばよかった。もちろん梨乃先輩から許しをもらって......。そうしていたら真唯さんもあんな思いをしないですんだんだから」
後悔を口にする涼祐。もしかしたら真唯に会う事自体が間違っていたのではないかと思い始めていた。
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