第20話

「女の子のお父さん、来たのか?」

 席に戻ってきた泰雅に同僚のひとりが尋ねてきた。

「ああ。娘さんをおんぶして帰ったよ」

 同僚からの問いに返しながら「泰雅は何飲む?」と別の同僚から聞かれて 「俺、ビールね」と返した。

 そこに女性同僚...以前、昼食を済ませて会社に戻る途中、真唯を見かけて泰雅が駆け寄ったあの時。嫉妬から真唯を睨んでいたあの彼女が「その知り合いの娘さんって泰雅が一目惚れしたっていう先輩の娘さん?」と尋ねてきたので泰雅は「そうだよ」と答えた。とたんに女性の中にモヤモヤがあふれる。

 今まで泰雅が女の子に声をかけていたのは相手がカワイイからという理由だけだと思っていたのに、そこに恋愛感情もあったなんて。それを他人から知らされた時のショックといったらなかった。泰雅とは同期だし彼の事はわかってる気でいたのに。

 そして今、泰雅は再び女性に恋をした。相手には他に好きな人がいるという話は聞いている。

 女性は真唯を羨ましくも憎らしいと思った。泰雅に想われていながら全く振り向きもしない事に。

(私だったら喜んで泰雅の気持ちに答えるのに......)

 女性同僚からそんな劣情を向けられてるなんて知らない泰雅は、運ばれてきたビールが入ったジョッキを手にすると「ありがとう!」と言ってからグビグビと飲み干した。



✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠



 一方、真唯をおぶさり店をあとにした涼祐は何とか自分の部屋のマンションに着いた。真唯をタクシーで送る事も考えたが(涼祐は車を持っていない)坪倉家がどこにあるのかもわからないため真唯を今夜中に帰らせるのは諦め、自分の部屋に連れてきたのだ。

 ドアの施錠を外し開けると、玄関口にゆっくりと真唯をおろした。それからドアを締め施錠し、真唯の靴を脱がせると部屋の明かりをつけ、今度は彼女を横抱きしながら自分のベッドへと運び、ゆっくり横たわらせた。

 そしてスマホで心配してるであろう真唯の母に連絡を入れた。

 事情を聞いた母は真唯が迷惑をかけた事を改めて詫びたが涼祐は「さっきも言いましたけど」と前置きしてから「真唯さんは俺の娘でもあるんです。迷惑だなんて思いません」と返したのだ。

「明日、責任持って真唯さんを家に送り届けますので......はい。おやすみなさい」

 この時母は「どうか真唯の事よろしくお願いします」と言って通話を切った。


 スマホをテーブルに置いた、

 その時。


「......ん......っ」と眠っていた真唯が何度か顔を左右に動かし声をあげると、閉じていた瞳がゆっくりと開かれたのだ。

 涼祐はすぐさまベッドに駆け寄り真唯の顔を覗き込んだ。反対に開いた真唯の目に映ったのが涼祐ではあったが、まだ酔ってるため単純に「......笹倉さん」と名前を呼んだ。正気に戻ったら大騒ぎしそうだ。

「気分はどう?吐き気とかする?」

 この問いに真唯はただ首をヨコに振った。

「ごめんね。本当は今夜中に真唯さんを家に送りたかったんだけど、家わからないから寝ている真唯さんと一緒にタクシーに乗るワケにもいかなくて、急遽俺の家に連れてきちゃったんだ。お母さんには今夜泊まらせるって連絡しておいたから大丈夫だよ。明日家に送るからね」

 涼祐はそう真唯に語りかけてから「今夜はこのまま寝ちゃいなさい」と掛ふとんをかけようとした。


 その瞬間。


 真唯が身を起こし涼祐に抱きついた事で、掛けふとんが互いの体に挟まれてしまった。


「真唯さん?」

 抱きつかれても涼祐は特にあわてたり真唯を引き離す事もせず、その状態のままでいた。

 一方の真唯は酔っ払ってるのと、母から聞かされた信じがたい事実が頭の中にこびりついてるのとで今、自分がとんでもない事をしてるのに気づいてない。

「......笹倉さん......」

「ん?」

「どうして...どうしてなの?...どうして笹倉さんが...私のお父さんなの?ねぇ、どうして?」

 心の底から絞り出した、真唯の苦しい気持ち。言葉を口にしたら、もう止まらなかった。

「私、笹倉さんの事...好きなの...恋してるのに...」

「真唯さん」

 涼祐も真唯の母同様後悔していた。

 出会った直後に母に了解をとって、自ら父親だと名乗り出ればよかったと。


 やがて真唯は静かに泣き出した。


 母・梨乃から真唯が自分との娘であると聞かされた涼祐の心に芽生えたのは、真唯への父親としての愛情だった。


 自分の腕の中で泣く我が娘を、涼祐はそっと抱きしめた。

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