第14話
明日は土曜で休日が待っている金曜日の夕方。
「「「カンパ~イ!!」」」
3人の掛け声と同時にビールの入ったジョッキが3つカツンと軽い音をたてた。そしてビールを飲む。涼祐は一気飲みだ。
「わぁ。いい飲みっぷりですね笹倉さん」
「もうこのために仕事頑張ったって感じ」
空になったジョッキをテーブルに置き涼祐はしみじみと語った。
「真唯さんもお酒イケる口なんだね」
「はい。母はお酒ダメなんですけどね。きっと実の父親がお酒好きな人だったんじゃないかって思ってるんですよね」
突如真唯から出た「実の父」に涼祐は「......そ、そうなのかなぁ?」とだけ返した。
「そうだと思います。母からは実の父親の事はあえて聞かずにきたんですけどね。太一さんっていう最高の父が出来てからは尚更......」
「真唯さんはどうなの?本当のお父さんの事知りたいのかな?」
真唯はゆっくりと首をヨコに振った。
「知らなくてもいいと思ってるのできっとこれからも聞く事はしないと思います」
寂しそうな表情を浮かべるかと思いきや、真唯の表情は明るかった。
そこに。
「あのさ、二人とも!俺がいる事忘れちゃいませんかね?」
泰雅が涼祐と真唯の間に割って入ってきた。
「なんだいなんだい、二人でイチャイチャイチャイチャしちゃってさ!」
「別にイチャイチャなんかしてないぞ」
「水都さん、すねてます」
「真唯ちゃん〜涼祐の相手ばかりしてないでさ、俺の相手もしてよ〜」
そう言って真唯にもたれかかる。
「水都さん、もう酔ってるんですか?」
「まだ酔ってない!こうして真唯ちゃんとお話出来るのに酔うなんてとんでもない」
「じゃあゆっくり飲みましょう。お酒の場は楽しくないと」
真唯がジョッキを泰雅のジョッキにカツンとぶつけると「真唯ちゃん、大好きだよ〜」と言って真唯にすり寄った。もう何度も泰雅から「大好き」と言われて半ば挨拶代わりともとらえている真唯は「ハイハイ。私も泰雅さんの事お兄さんみたいに思えて好きですよ」と泰雅の頭をヨシヨシと撫でた。
「お兄さん...お兄さんかぁ。でもそう思ってくれてるって事は真唯ちゃんにとって俺は安心出来る男って事なんだからいいのかぁ〜」
真唯からのヨシヨシを受けながら泰雅は一瞬気持ちが落ち込んだがすぐに浮上した。
「当たり前だろ。万が一真唯さんにとって泰雅が危険人物なら、今頃この俺が引き離してる」
涼祐からのこの言葉に、真唯は自分が涼祐に大切に思われてると感じた。
テーブルには注文した料理が運ばれてくる。それを食べながらビールを堪能し、居酒屋でのお食事はにぎやかな中で過ぎていった。
✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠
そして現在。
泰雅は酔っ払ってしまった涼祐を支えながら彼の住んでいるマンションにたどり着く。そのそばで真唯はタクシー代を払ったりマンションのエントランスのドアを開けたりエレベーターだの介助に努めていた。
「全く涼祐が酔っ払うなんてな。あんまり酔うタイプじゃないんだけどなぁ」
涼祐を支えながら不思議だと話す泰雅。
「ごめんね真唯ちゃん。ここまで付き合わせちゃって......」
「大丈夫です。それに......笹倉さんの住まわれてるところって見たいなって密かに思ってたから......。下心もあって来たんだから水都さんは謝る必要ないんですよ」
「そっかぁ。真唯ちゃんにそう言われると俺も梨乃先輩の娘さんを付き合わせちゃった申し訳なさも半減するかな」
「それでいいんですよ」
そんな会話をしているうちにエレベーターで涼祐の部屋がある階に到着し降りる。
「ここが涼祐の部屋だよ」
泰雅に教えられた真唯はドアの表札に目を向けるとそこには「笹倉」の表記があった。
「ホラ涼祐。家に着いたからカギ出してくれよ」
「...ん〜カギぃ〜?...カバンの中に...」
そのあと何やらモゴモゴつぶやいたが解読不可能だったため、泰雅は仕方なく「じゃ涼祐。カバンの中、勝手に開けさせてもらうからな」と断ってからカバンの中に手を入れた。カギは難なく見つかったのでドアに差し込み、ようやく部屋に入れた。
涼祐がこちらに帰ってきてから何度かこちらにも遊びに来ていると話す泰雅は慣れたふうで玄関の明かりをつけた。
「俺が涼祐を運ぶから真唯ちゃんはコイツの靴脱がせてくれる?」
「わかりました」
真唯はその通りに役目をこなし、泰雅は涼祐をソファへと運び彼を寝かせた。
「ふぅ〜酔っぱらいを運ぶのはホント一苦労だよなぁ」
涼祐を寝かせて安心した泰雅はネクタイを緩めながらその場に座り込んだ。一方、真唯は涼祐の靴を脱がせた状態、つまりまだ玄関先に立ったままでいた。そんな彼女に気づいた泰雅は❝真唯ちゃん❞と呼ぶ。
「ホラ、君もあがっておいでよ」
泰雅にそう促されて真唯は「じゃあ...」と前置きしてから「お邪魔します」と頭を下げてから涼祐宅にあがった。
初めて入る好きな人が住むお部屋。室内は男性が住むにしてはキレイに整理整頓されている。周囲を見渡してると泰雅が「真唯ちゃん、俺、外の自販機で何か飲み物でも買って来るから」と言った。何がいい?と尋ねられて「ミルクティーを。なかったらコーヒーで」と伝える。
「わかった。涼祐は...寝てるからいいかな。じゃあ買ってくるからさ、それまでコイツの事見ててやってね」
「はい。水都さんもお気をつけて」
「ハイ!真唯ちゃんの言いつけを守って買ってきます!」
真唯から言葉をかけられたのが嬉しかったのか泰雅は笑顔で部屋を出ていった。
「............」
バタンとドアが閉まる音がやんだあと訪れる、人が減った静けさ。真唯の耳に聞こえてくるのはカチカチという室内に置かれている時計の秒針の音。眠っている涼祐には聞こえてないだろう。
今、真唯は初めて見るものに覆われている状態だ。涼祐の部屋、涼祐の酔っ払った姿、涼祐の無防備な寝顔。見たいものがあまりに多いと集中できないのは、彼と以前訪れた人気絵師の展示会を観に行った時の気持ちと同じなんだなと気づいた。
そんな中、集中出来なかった真唯の目にとまったのは、いくつも飾られた写真立てだった。もっと近くで見ようと涼祐を起こさぬようそっと歩み寄る。
手に取ったのは、学生時代のものと思われる数人で写っている写真だった。涼祐もよく眺めているあの写真である。
真唯の意識は目の前の写真に釘付けになる。男女数人で撮られたもの。写真を見つめつつ、その中に涼祐...泰雅も写っていると気づく。
そして二人の間には女の子が。
真唯はジーッと目をそらす事なく見つめると......。
無意識に
「......お母さん?」と小さい声でつぶやいていた。
間違いない。二人の間にいる女の子は母・梨乃だ。つまり、これは涼祐たちの高校時代のもの。
数名の生徒たちと共に゙写っている3人はとても楽しそうに笑顔を浮かべていた。
(確かにお母さんは笹倉さんと水都さんの先輩だったとは聞いているけど、一緒に写真に写るくらいには親しかったんだ......)
そう思った瞬間、真唯の心にモヤモヤな気持ちが芽生えた。
更に。
そのモヤモヤを増幅させる出来事が。
それまで寝ていた涼祐の口から
「.........梨乃...せんぱい...」
というのが聞こえてきたのだ。
真唯はその呼ぶ声に驚きながらもドキリとし、ハッとする。その勢いで写真立てを落としてしまった。
(あ......やっちゃった...)
落ちたはずみで写真立ての中身が飛び出してしまい、あわてて元に戻そうと拾い集める。
(.........?)
その途中、真唯はこの写真立ての中にもう1枚写真が重なっているのに気づき、何気にそれを手に取り見てみると。
そこには。
母・梨乃と涼祐の二人だけが写っていた。互いに至近距離で肩を並べて、やはり笑顔で写っていたのだ。
(......なに?これ。これじゃあ、まるで二人は......)
そのあとに続く言葉を口にしたくなくて、真唯はグッとこらえた。
それから。
写真の裏面をめくってみると、何やら文字が書かれていた。
真唯は心の中でその文字を読んだ。
『一生、忘れられない人』
もう。真唯はこの時点で限界だった。
わかってしまったから。
先程の涼祐の口から紡がれた母の名とそれに乗せられた声色。それだけで気づく。
涼祐は母・梨乃を高校時代から現在もずっとずっと好きなのだと。
写真の裏面に書かれた通り、忘れられない人なのだと。
気づいたとたん真唯は涼祐の母に対する態度を思い出す。涼祐は母の話をする時も真唯が母の話を涼祐にする時も、いつだって優しい表情を浮かべていた。
あれは、好きな人だから。好きな人の話だから。
母親がライバルなんて......もはや自分など太刀打ち出来るワケがない。
真唯の瞳からはボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
悲しいし嫉妬してるし悔しいしショックだし、もういろんな気持ちが混ぜ混ぜになっている。
そこへ。
「ただいまー。真唯ちゃん、買ってきたよ」
何にも知らない泰雅が部屋に戻ってきた。一方、あわてて写真立てを元に戻した真唯は泰雅が帰ってきたタイミングでバッグを手にすると顔を伏せながら「......私...帰りますね」と告げた。言われた泰雅は当然わからず「えっ...えっ...」となる。
「どうしたの真唯ちゃん、突然...」
玄関まで来ていた真唯の背中に泰雅が声をかけてきた。
真唯は泣くのを必死にこらえていた。本当は泣きたいけど、ここは好きな人の部屋。夜も遅いし、普通に近所迷惑だ。更に真唯の泣き声を耳にした隣近所があらぬ噂をたてるかもしれない。
涼祐に迷惑はかけたくなかった。
「...母からメールがきたんです。笹倉さん、水都さんと一緒だと伝えたんですが、心配してるようなので私だけ先に帰りますね」
何とか平静を装い泰雅に背中を向けた状態でとりつくろう。話を聞いた泰雅は最寄り駅まで送ると言ってくれたのだが真唯は「大丈夫です」と断った。
そして泰雅へと振り向き「駅まで近いですし、ひとりで帰れます。水都さんは笹倉さんの介抱をしてあげて下さい」とハッキリ言った。精一杯の笑顔を浮かべながら。
「............」
泰雅は気づく。真唯の背中がかすかに震えているのを。
今は無理に聞こうとするのはやめよう、そう決めた泰雅は真唯の背中まで歩み寄ると「わかった。買ってきたミルクティー、家に帰って一息ついたら飲んでね。俺の愛情たっぷり込めたから。気をつけて帰るんだよ。あ、帰ったら俺のスマホにメールを送って...そしたら俺、安心するから......」と言っておかねばならない事を一気に伝えて真唯のバッグにペットボトルを入れた。
泰雅の変わらない明るく優しい声が真唯の心に深く深く染み込んでいく。とてもありがたいなと思った。
泣いてしまうからもう振り向けない。でもお礼を言いたい。
真唯は「.........ありがとうございます水都さん...」と限界ギリギリに伝えると靴をはいてドアを開け飛び出していった。
バタンと閉まるドア。真唯を見送ったものの泰雅は心配でならなかった。だからこそ咄嗟に帰ったらメールをしてと言ったのだが。
真唯の様子がおかしくなったのは、泰雅が部屋に戻ってきてからだ。自分が買いに出ている間にいったい何があったのか。
この部屋の主は今も寝息をたててるし、聞いてもわからないだろう。
今はただ、真唯が無事家に着いて、メールをくれるのを待つしかない。
一方。
マンションを出た真唯。
「うっ...うっ...ひくっ...」
限界を超えていた彼女が声をあげて泣けたのは、マンションの物陰に隠れてようやくの事だった。
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