第12話

 数年前の泰雅は女の子が大好きですべての女の子に優しくしたいという信念を持っていた。そのため、優しくされた女の子の中には泰雅に恋をしてしまうタイプもいたりした。当時の泰雅にはひっきりなしにお付き合いをしている彼女がいたので諦める女の子もいれば、絶対振り向かせてみせる!と意気込んでアタックしてくる女の子もいたりでトラブルになる事もしょっちゅうであった。

 そんな状況になりながらも泰雅の女の子博愛主義は止まる事はなかった。


 泰雅が最後に交際した女性が数年後の今、目の前に現れた二人の女性のひとり・美華である。彼女は女の子好きの泰雅の事を理解しようと務めたしっかり者。泰雅も他の女の子たち同様、美華を大切にした。


 そんな数年前のある日、美華とのデートに向かっていた泰雅は困り果てている女性に出くわし迷わず声をかけた。美華には時間に遅れるというメールを送り女性の話に耳を傾けるなどをした。

 ようやく女性の問題が片付き、感謝された泰雅は美華との待ち合わせ場所に向かったのだが......肝心の美華の姿はどこにもなかった。

(遅くなっちゃったから怒って帰ったのかな?)

 そんなふうにのんきに考えていた泰雅。

 しかし事態はとんでもない事になっていた。

 美華を探していた泰雅のスマホに彼女の姉・和華(二人いた女性のもうひとりの人物)から連絡が入る。美華が病院に運ばれたというのだ。泰雅も病院に向かい、病室の美華の元に駆けつけた。


 だが、現れた泰雅を見るなり美華からは「.........私に触らないで!!」と拒絶とも言える言葉を向けられてしまった。更には美華の顔には大きなガーゼが貼られており、いったい彼女の身に何があったのかと泰雅は不安が一層増していった。


 スマホに届いた泰雅からのメールを読んで、彼が来るのを待ち続けていた美華は数人の男に目をつけられ追いかけ回された挙げ句、レイプされてしまった(顔のガーゼは男に殴られたから)。泰雅が待ち合わせに向かった時姿がなかったのはこのためである。服をビリビリに破られ、茫然自失状態の美華を通行人が発見。救急車で病院に搬送され入院を余儀なくされたのだ。


 美華がこのような目に遭ったのは、紛れもなく泰雅が時間に遅れたため。どうして遅れたのか正直に話した。

 当然和華は「他の女の子より、第一に優先すべきは美華でしょう!!あなたはあの子の恋人なんですよ!!」と憤慨した。


「......はい、その通りです。俺は美華さんの恋人です」

「あなたが女の子好きなのは美華から聞いてました。でも......こんな形であの子があなたの女好きの犠牲になるなんて......思いもしなかった。あの子なりにあなたの事を理解しようとしていたのに。あなたは!美華に一生消えない傷を負わせたんです!」

「............」

 泰雅はやっと。やっと...女好きなせいで大切な人の人生を台無しにしたその罪の深さに気づいた。

「もうこれ以上、あなたとの交際を認めるワケにはいきません。どうかあの子に申し訳ないと少しでも思っているのなら、もう美華には会わないで。当然ここにも来ないで下さい。今のあの子にとってあなたはもはやトラウマなんです」

 和華からの言葉を泰雅は彼女に頭を下げながら聞いていた。

 そして、和華は泰雅のその後を影響させる言葉を向ける。


「あなたの女好きは、間違いなく女性を不幸にします。そのクセがやめられないのなら美華のような特定の女の子を作るのはやめる事ですね。第二、第三の美華を出さないためにも」


 そして、美華が泰雅に向けて言った言葉の真意もわかった。「私に触らないで」とはレイプされた自分の体は汚れて泰雅にはふさわしくないから、という意味だったのだ。

 そんな事絶対ないんだよと泰雅は言ってあげたかったが、自分のせいで起きた事なのにどんな顔して言えるんだ?という気持ちが強くて結局言えぬまま...その日を境に泰雅は美華と会う事をやめそのまま自然消滅。そして特定の女の子を作らずに現在に至る。




 泰雅は《あの出来事》を真唯に嘘偽りなく包み隠さず正直に話した。

 先ほど、数年ぶりに再会した元カノの美華とその姉・和華。和華からはあの辛辣な言葉以外にも様々な叱責を受けた。


『いい気なものよね。この子をあんな目に遭わせといて、今はもうすっかり次の女とデートだなんて。この子は外に出るのさえ数年かかったっていうのに......アンタにとって《あの出来事》はその程度のものだったワケ?』

 この問いには首を何度もヨコに振った。

「その程度だなんて。美華をあんな目に遭わせたのにとてもその程度などとは...思う事は出来ません。悪いのは俺ですから......」

「そうよ!すべてアンタが悪いのよ!それなのに今また新しい女を連れてるってどういう事?ホントに反省してるの?!」

 まだ妹をあんな目に遭わされた怒りがおさまらない和華は真唯の存在にも言及してきた。

「この子は彼女ではありません。でも......一目惚れした子です。告白もしました」

「なんですって〜!!」怒る和華に対して美華は優しい表情で泰雅を見つめ「そう...泰雅くん、好きな子が出来たのね」と安心した声色でつぶやいた。

「よかった。噂であなたにはお付き合いしてる人はいないようだと聞かされていたから心配してたの」

「当たり前じゃないか。和華さんの言う通り俺の女好きが君を不幸にしたんだから。でもこうして女の子を再び好きになった。だから君にしてしまった事を好きな子には絶対しないと誓った」

「それなら安心ね」

「心配なのはむしろ君の方だ。外に出られるのに数年かかったんだろ」

「ええ。でも今はだいぶ良くなったわ。正直フラッシュバックに襲われたりする事もあるからメンタルクリニックに通ってるんだけどね」

 美華は消えない傷を抱えながら何とか生きていこうとしている。

「あの事件をきっかけに離れていった友だちもいた。反対にそれでもそばにいてくれた人もいたの」

「そうだったのか......」

「あの事件のあと泰雅くんを恨まなかったって言ったらウソになるけど、あなたが恋人を作らずにいるようだって知ってからはあなたなりに罪を感じているんだって考えになっていったの。でも実際泰雅くんに再会したら私はどうなるんだろうって思ってたら、あなたとこうして穏やかに話せてる自分がいたからビックリした。もういいのよ泰雅くん。ただこれだけはお願いよ。好きになった女性だけはあなたの女好きで失うような結果にはさせないでね。私との約束よ」


 美華から笑顔で差し出された小指に泰雅も小指を差し出して絡ませた。

 約束だ、と美華に力強くうなずいて。

「さあ、姉さん行きましょう」

 美華はまだ怒りのおさまらない姉の腕を掴んで二人に頭を下げながら去っていく。

「え、ちょっと美華!まだ話は終わってない...」

「大丈夫よ姉さん。泰雅くんも十分苦しんだのよ、姉さんから言われた言葉をずっと噛み締めながら生きてきたんだわ、あの人。それと、ありがとう姉さん。姉さんの存在があったからこそ、こうして再び外に出られたの。もう私の心配ばかりしないで自分の幸せを考えて」

「.........」

 和華はいつの間にこんなに成長したのだろうと驚きながら妹を抱きしめた。



✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠



 泰雅から《あの出来事》を聞かされた真唯は美華の懐の深さに感心しきりだった。

「だってあのような目に遭いながら、今こうして水都さんと穏やかに会話をされてるんですもの。未だに恨まれたっておかしくはないのに。もし私が美華さんと同じ目に遭ったら彼氏を許せるか正直わかりません」

 真唯の感想に泰雅も「そうだよね」と同意だ。美華からまさかあのような優しい言葉をかけられるなんて思わなかった。本来なら和華からの言葉を美華からも受けたって当然だったのに。


「水都さん、ひょっとして後悔してませんか?あんなに素敵な女性と別れた事を。ご自分がしてしまったのも含めて」

 この問いに泰雅は「そんな事ない」とは即答出来なかった。それは、やはり美華という女性がどれだけ素敵な女性であったか、改めて思い知らされたからだ。

「美華にはホントにすまないって思ってる。彼女だけじゃない、付き合った女の子たちも含めて。俺は大切な人が傷つかなきゃ自分の罪深さに気付けなかった大バカ野郎だからね」

「............」

 自分を卑下する泰雅を見て、真唯は固まってしまった。その視線に気づいた泰雅は「どうしたの真唯ちゃん」と尋ねる。

「......今、初めて水都さんをカッコイイと思いました」

「.........え?それって俺に恋愛感情を持ったって事?」

「いえ。それは無いですね」

 即答に泰雅はズッコケた。

「私の好きな人は......ホラあの方......笹倉さんですから」

 それも頬を赤らめてつぶやく告白に泰雅は心底悔しがった。


「チクショー!!羨ましいぞー涼祐〜!!」


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