第11話

 真唯の耳に届くのは、キャラクターを演じる声の魔術師・声優による朗読。そして真唯の目に映るのはスタンドマイクの前で本を片手に言葉を紡ぐ声優の姿。


 本日。約束通り、小説の朗読劇を真唯は泰雅と観に来ていた。



 朗読劇の原作である「宝石をさがして」は異世界が舞台。結婚間近に突然ヒロインの前から婚約者が姿を消してしまった。消えた理由もわからないのに諦められない彼女は理由を聞くために彼を探す旅に出る事に。どこまでもひたすらに婚約者に再会する日を糧に旅を続けるヒロインだが、その過程で婚約者の過去を知る事になる...というラブストーリーにサスペンスがプラスされた作品である。

 朗読劇ではヒロインと彼女の前から姿を消した婚約者のそれぞれの視点からの朗読が紡がれた。



 時間はあっという間に過ぎて、今はすでに周囲の客たちが席から立ちあがって帰ろうとしていた。当の真唯はあまりに素晴らしい朗読劇に席から立てずにいたが、泰雅からの「他の客が通れなくなっちゃうから」にハッと正気に戻り謝りながら会場をあとにした。

 会場は冷房のおかげで涼しめたと思うくらいに、外はまだ残暑だ。

「婚約者を想ってひたすらに旅を続けるヒロインの心情はもちろん、姿を消した婚約者の朗読は作品中でもあまり描かれてないので、グッと心にきました。私も笹倉さんが姿を消したら......探しに行くかもしれないと自分に重ねてました」

「真唯ちゃんにそう言ってもらえるなんて。涼祐が羨ましいなぁ。俺は真唯ちゃんが姿を消したら探しに行くよ。そして必ず再会して君を連れ帰るんだ」

 泰雅からの「真唯ちゃん、今日もカワイイ」に最初は戸惑っていたが、それが泰雅なりの挨拶でもあると知ってからはこういったセリフにも「水都さん好きな子のためなら海外にも探しに行きそうですよね〜」と返せるまでになった。対する泰雅もあえて「真唯ちゃんなら地球の裏側だろうと探しに行く」と更に返してくる。

 でも。

 こんな自分を、たとえひとりでも探してくれると覚えていていると言ってくれる存在がいるって...もしかしたらスゴくありがたい事なのではないかと思った真唯は

「水都さん。ありがとうございます。そうおっしゃってもらえると私は私のままでいられます」と素直にお礼を言った。


「............」


 まさか。お礼を言われるなんて思ってなかった泰雅はすぐに言葉を紡げなかった。それは、驚いただけではなく......。

 また、真唯を好きになってしまったからでもあった。

 ただ、真唯には何のテレもない。素直に出た言葉に彼女が泰雅に対して恋愛感情を抱いてないのがわかる。

「まぁ涼祐同様、俺も安心できるオジサンだと思ってもらえるなら、それもいいか〜」

 そう思いながら泰雅は朗読劇を観ていた時の真唯の姿を思い出していた。笑顔になったり涙ぐんだり顔を赤くさせたり、劇と真唯を交互に見て泰雅にとっても非常に楽しい時間だった。


(真唯ちゃん......)


 まだ興奮がおさまらずに劇の感想を語り続けてる真唯を眺め、泰雅は改めて誓う。

 二度と好きなコ=真唯をひとりにはしないと。


 ここで思い出してほしい。

 涼祐と久しぶりに会った際、彼が話していた事を。


『お前はもう......あんな事はしないし出来ないハズだ。なぜなら、あの出来事はお前にとってもトラウマになっただろうし相当痛い目も見ただろうからな』


 涼祐から再度真唯には同じ事はしないよな?と問われた泰雅は、彼女には絶対にしないと親友を前に誓ったのだ。


 彼にはある信念があった。


『絶対するもんか。それはお前だけじゃなく梨乃先輩をも裏切る事になるからな。それに.........❝彼女❞にも申し訳ないから』と。


 泰雅が指し示した❝彼女❞とは、涼祐が言う《あの出来事》を語る上で決して忘れてはならない人物。

 彼女を思い出したからなのだろうか。その女性が泰雅の目の前に現れたのだ。

あまりのタイミングの良さに泰雅は目をこすったが彼女の姿は消えない。


 そう。

 それは幻像などではなかった。

 なぜなら、つんざくような声が泰雅に向かって怒りの言葉の雨をぶつけてきたから。


「いい気なものよね。この子をあんな目に遭わせといて、今はもうすっかり次の女とデートだなんて。この子は外に出るのさえ数年かかったっていうのに......アンタにとって《あの出来事》はその程度のものだったワケ?」


 彼女の隣りにいた女性が泰雅に対して向ける怒りの感情。

 泰雅はそれらの言葉を一身に受け止めていた。

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