第10話

 残暑の中行われた父・太一の49日法要。

 ついにこの日、前日まで家の祭壇に置かれていた父の遺骨が坪倉家代々の先祖が眠るお墓に納められたのだ。墓誌にも父の名と亡くなった年齢が刻まれた。


「太一もさぞや真唯ちゃんがお嫁に行く姿を見たかっただろうにね」

 姑は真唯を前に残念そうにつぶやいた。

「はい。この子と肩を並べて将来ヴァージンロードを歩いてほしかったです」

 母も墓を撫でながら同意の言葉をもらした。

「せめて私は真唯ちゃんがお嫁に行く日まで長生きする事が目標になったわ」

「はい。ぜひ私と二人で真唯がお嫁に行く姿を見送りましょう」

 盛り上がる二人に当の真唯はあえて、よその方向へと顔をそらした。


 すみません。今のところどころか、この先もご期待に応えられそうもありませんと真唯は心中でつぶやく。

 同時に脳裏に浮かんだのは泰雅の顔。


❝一目惚れ!俺が真唯ちゃんに惚れちゃったの❞


 以前、バッタリ出くわした泰雅に一目惚れしたと告白されたものの彼からは「俺に告白されたからってそれに返事をしようとか考えなくていいからね」との言葉をもらっている。

 泰雅は更に「真唯ちゃんは好きになった涼祐の事を想っていればいいんだからね」とも言った。

 はるか年上(15歳上)の人を好きになってしまったのに、泰雅はからかったりもしない。「だってそれを言うなら俺も15年下の真唯ちゃんを好きになったんだから同じ事でしょ」とあっけらかんに答えていた。

 だが、そこは泰雅も恋する男。

「だけど真唯ちゃんを好きな気持ちを言葉にする事は許してね」とぬかりはない。

 これまで母には何でも話してきた真唯だが、さすがに涼祐に恋した事と泰雅に告白された事は話せずにいた。



✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠



 それから数週間経って、泰雅から真唯のスマホにメールが届いた。

【泰雅です。真唯ちゃん今度の土曜に俺とデートしませんか?行き先は真唯ちゃんの好きな小説の朗読劇だよ】


「泰雅とデート」の次のワード「小説の朗読劇」に真唯は飛びついた。


『水都さんこんばんは。あの、小説の朗読劇って何の作品ですか?』

【お。早速きたね。作品は❝宝石をさがして❞だったかな】

『行きます!行きます!水都さん、連れて行って下さい!』

【了解!真唯ちゃんを朗読劇にご案内〜】

 まるでツアコンにでもなったかのようだ。

『それにしても朗読劇のチケットよく手に入りましたね。あまりの人気に数分で完売したので泣く泣く諦めたんですよ。その前に、水都さん私がこの作品好きな事ご存知でしたっけ?』

【実はねネタバレになるんだけど、このチケット手に入れたの涼祐なんだ。きっと真唯ちゃんがこの作品を好きなの知ってたんだろうな。手に入ったから君と一緒に行く気マンマンでいたみたいだよ。でもアイツ朗読劇の日に仕事が入っちゃったらしくて、それで急遽俺に代わりに行ってくれないかって来たワケ。俺になら安心して真唯ちゃんを任せられるってね】

『そうだったんですか。確かに以前笹倉さんにはこの小説好きとは話した事あります。これで水都さんが誘ってくれた事にも納得出来ました』

 こうして泰雅と朗読劇を観に行く事になった真唯は涼祐にもメールをした。

【泰雅からも連絡がきてたよ。よかった、代わりに泰雅が真唯さんと行ってくれれば俺も安心だしね。半分は好きな作品の朗読劇だし、真唯さんも好きだって言ってたからこっそりチケットを手に入れて君をビックリさせたかったのもあったんだよ。こんな形で知らせる事になっちゃって残念だったな】

『そうだったんですね。でも私が好きな事を覚えてくれてて嬉しかったです』

【忘れるもんか。真唯さんが言った事は覚えているよ】

 この文面に真唯の鼓動がドキンと高鳴った。

(こんな事言われたら......ますます笹倉さんを好きになっちゃう......)

 募る想いをどうにかしたくて、思わずスマホを抱きしめてしまった真唯だった。





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