第9話

 9月のある土曜日、真唯はひとり買い物に出ていた。目的のものを買い終え喉が乾いたからと空いているベンチに座り、ペットボトルを口に含んだ。


「……あれ?」


 そんな声と共に゙、とある人物が近づいてきたのは真唯が行き交う人々を眺めようとしていた時だった。

 人物もおそるおそる近づいてきて、声をかけた対象が知っている人だと確信した瞬間「やっぱり、真唯ちゃんだ!」と満面の笑顔を見せた。

 真唯は大喜びしている人物に呆気にとられながらも知っている人だったので該当する名前を言ってみる。

「水都さんですよね?母の高校時代の後輩で...笹倉さんのお友だちの...」

「嬉しい!俺の事覚えてくれてたんだ!」

 そう。この小躍りするくらいに喜んでいる人物とは、泰雅だった。たまたま会った涼祐はそれがきっかけで真唯といろんなところへ行っているのに自分は未だに真唯と偶然の出会いがないと半ば拗ねていた矢先での再会だったから、まさに狂喜乱舞状態である。


「真唯ちゃんは今日会社お休み?」

「はい。水都さんは?」

「俺は休日出勤。たった今、仲間たちとお昼済ませて会社に戻るとこ」

「あ、お疲れ様です。お昼...。もうそんな時間だったんですね。どうりでお腹がすくワケです」

 カバンからスマホを取り出して時間をチェックすれば正午を過ぎていた。

 一方、彼を離れたところで待っている仲間からは「おーい、泰雅ー!!」「水都くーん!」と呼ばれているのに気づいて「ちょっと待っててね」と真唯に言うと走って仲間の元に行き「知り合いの子と会ったから、少しおしゃべりしてから会社に戻る。みんなは先に戻ってて」と告げて再び真唯の元へと戻ってきた。ただ、去っていく泰雅の仲間のひとりの女性が真唯を睨んでいるように見えたのは、彼女の気のせいだったのか。

「いいんですか、戻らなくて」

「大丈夫。会社すぐそこだから。心配してくれてありがとうね」

「あ、いいえ」

「ベンチ、隣りいい?」

「どうぞ」

 許可をもらえた泰雅は嬉しそうに真唯の隣りに座った。真唯はニコニコ笑う泰雅を見て涼祐とは正反対のタイプなんだなという印象を抱いた。葬儀の時も真唯の手を握ったり、女の子好きとも言っていたから気持ちを素直に表現出来る人なのだろう。

 今も、真唯に会えて嬉しいとか俺にもチャンスがあるのかな?とか言っている。

「あの.........」

「なに?真唯ちゃん!」

「私と会えたのがそんなに嬉しいんでしょうか?」

 おそるおそる尋ねてみれば泰雅は嬉しいよ!と返したその直後に

「真唯ちゃんに一目惚れしたから」と言った。

「............はい?」

 何を言ったのか、真唯は最初わからなかった。

 ひとめぼれ?お米ですか?真唯がそんな事を聞き返すと泰雅は笑いながら「違う違う」と否定して再度

「一目惚れ。俺が真唯ちゃんに惚れちゃったの!」とゆっくり真唯に言い聞かせるように言って、ようやく彼女も理解したのだ。


✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠



 会社に戻った泰雅の仲間たち。


「水都くんが声をかけていた子、知り合いだって言ってたわね」

「ああ。あいつすっごく嬉しそうだったな」

「泰雅のあの喜びよう、ひょっとしたら一目惚れしたっていう先輩の娘さんかもな」

「えー。水都くんまた気まぐれが出ちゃった?」

「いや。アイツ気まぐれな時なんてないよ。いつでも本気で女の子にアタックしてるし。フラれる事も多いから気まぐれみたいに思われてるのも事実だけど」

 男性社員に言われて、女性社員は内心面白くなかった。泰雅とは同期入社な事もあって誰よりも彼を理解してる自負があった。泰雅は女の子好き。声をかけるのも気まぐれ、ただカワイイから。それが本当は好きだから声をかけていたなんて。本気だったなんて話、自分は知らない。

 あんなに嬉しそうに女の子の元へ行った泰雅に女性社員は嫉妬した。見知らぬあの子にも。

 だからつい、あの子を睨んでしまった。


✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠


「............あの......水都さん。私...突然そのような事を言われたのでビックリしてしまって」

 一目惚れの意味を理解したとたん真唯の心臓はドキドキし、どう反応したらいいのかわからずにいた。でも、泰雅は告白したわりに落ち着いていた。

「わかってるよ。真唯ちゃんの気持ちはわかってるよ」

「私の気持ち?」

「気になってる人がいるんだよね」

「............」

 何も言えずにいると泰雅が続けて話す。


「涼祐が気になってるんだよね、真唯ちゃん」

「え......」

「涼祐から君との話を聞いていて気づいたんだ」


 涼祐からの話。

「はぐれないように真唯さんの手を掴んだら恥ずかしそうにしてたんだ。いくら親しくなったからって突然手を握ったのは失礼だったかな」

「電車の中で混雑してた時、俺は支える取っ手があったんだけど真唯さんにはなかったから俺の腕を取っ手代わりにして掴むように言ったんだ。何だか掴む時顔が赤かったから具合い悪いのか聞いたけどなんでもないって......」


 涼祐といろんなところへ行くたびに真唯の心にはある感情が育っていた。

 それこそが涼祐への恋心。

 真唯は生まれて初めて人を好きになったのだ。


 



 

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