第8話
雨が降り続く平日の夕方。
半袖のワイシャツにネクタイを崩した涼祐はひとり店の個室で、とある人物を待っていた。食事は「彼」が来てから運んでくれるよう店員には頼んである。ちなみに「彼」なので待ち人は真唯ではない。
ここは和食専門の店で個室も常備されてる。もちろん予約制なので数日前に涼祐の名前で二名の予約を取っておいたのだ。
しばらくするとその待ち人が個室へとやってきた。
「ごめん涼祐〜」
彼の第一声は涼祐への謝罪だった。
「大丈夫だ。予約時間にはまだ5分ある」
「よかった〜。遅れたかと思った...」
「俺が予約時間より早く店に入ったからな。今日は運良く仕事があがったから予約時間より早くこっちに来られたんだ。断られるかと思ったけど前のお客さんも帰って片付けも終わったのでいいですよって」
「そうだったのか。あ〜涼しい」
雨で外は涼しいとはいえ、走ってきた体にクーラーの冷気はありがたい。
涼祐が待っていた人物とは泰雅であった。高校を卒業後、涼祐は東京に移り住んだが泰雅とはずっと連絡を取っていた。時間さえ合えば今回みたいに食事をしたり遊んだりしたものだ。
「こうして涼祐がこっちに帰ってきてくれたんだから、もっと会えるようになるな」
「そうだな」
久しぶりの再会を喜びながら、テーブルに並べられた料理に互いに箸をつける、日本酒もつけて。
話は自然と坪倉母娘の話になっていった。
「え?お前、真唯ちゃんといろんなとこへ遊びに行ってるの?」
「うん。あ、ホラ。こっち帰ってから気に入ってるカフェがあるって話しただろ。そこでたまたま真唯さんに出くわしたのがきっかけで...いろんなとこへ遊びに行くようになったんだ。彼女もカフェの常連客で幼なじみの子が店員として働いてるんだよ」
「幼なじみって、男?」
「女の子だよ」
「あ、そう。女の子か...」
「お前、真唯さんが好きなのか?」
涼祐に聞かれて泰雅は一言
「一目惚れした」と答えた。
「でもお前と違って俺は彼女との偶然の再会なんてないし。俺の恋は儚く散っていくのかなぁ」
泰雅はテーブルに突っ伏す。
「オイオイ。もう酒に酔っ払ったのか?」
「違うよ。真唯ちゃんを想って切なくなってるの」
「ま、お前が本気で真唯さんを想ってるなら俺は止めはしない」
「......涼祐」
「お前はもう......あんな事はしないし出来ないハズだ。なぜなら、あの出来事はお前にとってもトラウマになっただろうし相当痛い目も見ただろうからな」
「......... 」
テーブルから顔をあげた泰雅は黙って涼祐の言葉を聞いている。
「真唯さんに対して、決して同じ事はしないよな?」
「.........」
まだ無言のままだった泰雅は力強く、いつものバカ明るい表情ではなく真剣な表情を浮かべて
「今ここでお前に誓う。真唯ちゃんには絶対にしない」と返した。
「約束したからな。もし破ったら、お前とは金輪際縁を切るからな」
「絶対するもんか。それはお前だけじゃなく梨乃先輩をも裏切る事になるからな。それに.........❝彼女❞にも申し訳ないから」
泰雅が言う彼女とは真唯の事ではないようだ。その表情は悲しみに溢れていた。
「涼祐はあの頃からずっと変わらず梨乃先輩なんだろ?」
逆に泰雅に突っ込まれた涼祐は思わず口に含んでいたお酒を吹きそうになった。
「隠すな隠すな。葬儀の時も気づいてたさ、ああコイツ、梨乃先輩を好きなまんまなんだってな」
「でも、俺は梨乃先輩に改めて想いを伝える気はない。彼女はご主人を変わらず愛してるんだ。その想いを踏みにじってまで貫きたいとは思わないからな。真唯さんとは本を読むのが好きっていう共通点があるし一緒にいて楽しい。お預かりしてる時は彼女のボディガードも兼ねてるからな」
「わかってる。お前はそういうヤツだもんな。芽生えた想いを伝えずにずっと抱えていたんだからな」
それには返事をする事なく涼祐はお酒をグイッと飲み干した。そして誓う。
この想いは決して梨乃先輩には伝えないと。
自分は真唯に会えるだけでも幸せなのだから。
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