第7話

 その夜。

 真唯は母・梨乃に養父と出くわした事を話した。話すまいとは一度思ったものの、知らせておいた方が母も警戒するだろうし心がまえも出来る。

 今日、真唯は養父に初めて会ったワケだが、何となく粘着質だろうなというのだけは感じた。でなければ、涼祐という連れがいるにも関わらず真唯を強引に連れて行こうとなんてしないだろう。

 一方、真唯から養父に出くわした経緯を聞かされた母は、やはり変わってないと恐怖を感じていた。


「お前は誰のおかげでここまで大きくなれたと思ってるんだ!!育ててもらった恩を感じてるなら、俺の言う事を聞け!!」


 養母は母が高校二年生の時に亡くなった。それがきっかけだったのか、それまで普通に接してきた養父が豹変した。母と過剰にスキンシップを取りたがり、それを拒否すると上のような暴言を吐かれた。しかし、母はずっと優しかった養父をどこかで信じたかった。

 だが、母は衝撃の場面を目撃してしまう。

 家に帰宅した母は養父がいない事を不思議に思いながら自室に向かうと、なぜかドアが少し開いており音もしているに気づく。足音を忍ばせてドアの陰から室内をのぞいてみると......


「梨乃〜梨乃〜」と下品な声で母の名を呼びながらハンガーにかけられている母の洋服に顔を埋めている養父の姿があったのだ。


「............!」


 母は涙をこぼしながら背筋をゾットさせ、気づかれないように後退りをした。

 あの優しかった養父の姿はどこにもない。それを残酷にも現実として突きつけられたのだ。

 その日、母は家を飛び出したまま帰らず友だちの家に泊まらせてもらった。


 養父がおかしい。養子である自分を性的な目で見ている。だが養父は近所でも評判のいい人物だ。母の話なんて誰も信じないだろう。


 だから母は決意する。

 高校を卒業したら家を出る。それまでは自室に鍵をつけて自身を守り、お風呂はちょうど近くにある銭湯で済ませていた。

 それを続けて、母はようやく高校三年になった。

 養父が言っていた「男を見つけると出ていった」の通りに、恋人である生徒と出会うのは、この頃である。


 以上の話を母から聞かされた真唯は、自分の今の年齢よりも下の頃の母はこんな苦労をしていたのだなと知った。

 話し終えた母から「あの人から何か言われた?」と尋ねられた真唯だが、彼女は首をヨコに振った。「何も言われてない」と。

 あれらの言葉を言われた事は内緒にしておいた方がいいと実は涼祐とも話し合ったのだ。わざわざ母の耳に入れる事ではないからと。

「そう。ならいいんだけど」

 あの口うるさい人が、と不思議に思う母だがどうにか納得してくれたようだ。

 母はギュッと真唯を抱きしめた。

「あなたがあの人のせいで嫌な思いをしなかったのならいいの。あの人にも指輪を買ってあげる女性が出来たようだし意識がそちらに向いていてくれたら、あの人の脅威に怯えなくてすむわ」

 言わなかった事に胸が傷んだ真唯だが、母の言うように養父に女性がいる今は大丈夫だろう。

 母と共に゙真唯もそうであるよう願った。


✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠


 梨乃は自室からスマホで涼祐に連絡をした。今日真唯が世話になったのと養父から守ってくれた礼を言うためだ。

『先輩の大切なお嬢さんをお預かりしたんです。守るのは当たり前ですから』

 涼祐からのこの力強い言葉に、やはり彼は信じられる人だと梨乃は思った。そんな涼祐からは『(養父を目の当たりにして)気味の悪さを感じました』との言葉が。

『先輩から養父さんのお話は聞いていましたが実際 ❝梨乃の養父だ❞ と名乗り、真唯さんの腕をずっと掴んだままで誘ってくるあの人に薄気味悪さを感じて仕方ありませんでした。同時に、先輩がずっとあの人物に苦しめられていたんだなと思うと......怒りも湧きました。尚更真唯さんを守らなくてはと』

「笹倉くん。本当にありがとう。太一さんがいなくなってしまった今、再びあの人が私たちの前に現れるんじゃないかと不安に思っていたの。でも今日笹倉くんと真唯が出くわしたあの人には女性がいたんでしょ。それも指輪を買ってあげる存在の」

『はい。女性もあの人に夢中のようでした』

「それならとりあえずは安心だと思う。女性がいるのにそうフラフラ出来ないでしょうから」

『そうですね』

「ごめんなさいね、こんな遅くに電話してしまって」

『いえ。梨乃先輩からの電話嬉しかったです。おやすみなさい』

「おやすみなさい」


 通話を切ったあとスマホ画面を操作し、太一と真唯と自分が写った画像を表示させる。


 太一は本当に優しい人だった。自分の過去を話しても引いたりはしなかった。この人からの愛情を受けて自分も真唯も幸せだった。


「太一さん......」


 もう太一の遺品整理はすんでいる。辛かったが手を付けないとなかなか片づかなくなるからだ。

 でも、ベッドだけは残しておけばよかったと後悔した。


 今夜は太一のベッドに寝て、彼の香りに包まれたかったから。


✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠


 通話を終えた涼祐は棚に飾ってあるフォトスタンドを見つめた。

 そこには笑顔で肩を並べて写っている高校時代の涼祐や泰雅、そして梨乃の姿があった。

 涼祐にとっても梨乃は憧れの先輩であった。明朗快活で成績も上位だったが決して奢らず友だちも多かった。元気な女性という印象が強かったが、ある日彼女が誰もいないところで密かに泣いているのを目撃したのをきっかけに、涼祐の中で梨乃への気持ちにある変化が起こる。


 それは、涼祐が梨乃に恋した瞬間であった。


 

 


 


 

 


 

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