第6話

 真唯と涼祐。

 偶然をいくつか重ね、気がつけば二人はいろんなところへ出かけるようになっていた。遊園地、映画も観に行った。


 そのうちに真唯はふと、私と笹倉さんの関係って何なんだろう?と考えるように。もし他人に聞かれて説明するならば「この人は母の高校時代の後輩なんです。あるきっかけで出会っていろいろ遊びに連れて行ってもらっています」......であろうか。


 それにしても。

 母の学生時代の後輩と、先輩の娘。

 何とも説明しづらい間柄ではある。


 頭の片隅でそんな事を考えながら真唯の視界には美しくきらびやかなイラストが映っていた。

 実は二人が共通して読んでいる小説のイラストを担当している絵師が、展示会を開催しているとの情報を聞きつけ、早速見に来たのだ。かなり有名な絵師で人気も高い。この日も大勢の来客が詰めかけ、展示されてるいくつものイラストにため息をついている。描かれてるイラストの中には二人が読んでいる小説のものもあった。

 何時間いたのだろうか。気がつけばお昼を過ぎており、お腹もすいてきていた。人気絵師のイラストを十分満喫した二人はグッズコーナーでいくつか購入すると展示会をあとにする。その間にも客が次から次へと訪れているので相当の人気なのだろう。

 二人は食事エリアに行くと一つの店に入り空腹を満たした。やはりイケメンな涼祐は人目を引くようで周りの女性客が密かに盛り上がっていた。

「向かいの女の子、彼女かなぁ?」

「えー。それにしては若すぎない?あのカッコイイ人はどう見ても30代よ」

「あら。年の差カップルなんて今は珍しくないじゃない」

「やっぱり、男の人って若い女の子がいいのかしらね」


(あの。聞こえてます)

 真唯は思わず好き勝手に会話している女性たちに言ってやろうと思った。でもそれを止めたのは「言わせたい人には言わせとけばいい」と言った涼祐だった。

「......でも。私と笹倉さん、勝手にカップルにされちゃいましたよ」

 真唯自身は密かにカップルと言われて嬉しかったが、やはり涼祐の身になればいいワケがない。

「そういえば。今更ながら気づいたんだけど。真唯さんってお付き合いしてる男性とかいないの?」

「え?いえいえ。いませんよ、そんな人」

 涼祐から突如聞かれて真唯があわてて否定すると涼祐は心から安堵の表情を浮かべた。

「よかった〜。それ聞いて安心したよ。そんな人がいたら俺がいろいろ真唯さんを連れ回しちゃって彼氏さんに申し訳ないし、俺が原因で別れちゃったらどうしようってなるよ」

 真剣にオロオロしながら話す涼祐にクスクス笑いながら真唯は「大丈夫ですよ」と返す。

「もしいたらキチンと笹倉さんに教えています。それがないって事はつまり......そういう事です」

「よかった。じゃあ真唯さんに彼氏ができるまではこうして遊びに行けるんだね。あ、でも真唯さんとしては彼氏がいないって寂しいよね、やっぱり」

 それに関して真唯はキッパリと涼祐に伝える。

「笹倉さんとの時間はとっても楽しいので、気にしないで下さい。ホントに楽しいんですから。寂しいなんて思いません。父の事でも。とっても癒やされています」

 涼祐にわかってもらいたくて気にしないでほしくて「楽しい」を何度も伝える。やせ我慢じゃない。真唯は本当に涼祐と過ごす時間が楽しいのだ。

 それが通じたのか、涼祐は満面の笑顔を真唯に見せた。


「「ごちそうさまでした」」

「ありがとうございました」

 会計を済ませ店を出た、その時だった。


 ガシッと突然、真唯は誰かに腕を掴まれた。その主は中年の男性で真唯の顔をジーッと食い入るように覗き込んでくる。

「真唯ちゃん?君、真唯ちゃんだよな?」

 しゃがれた声でグイグイ尋ねてくる男性にタジタジになりながらうなずく真唯。自分は目の前の男性を知らないのにこの人は自分の名前を知っている。それがとても不気味に感じた。

「あ、あなたは誰なんですか?どうして私の、名前を...」

「真唯ちゃんのお母さんって名前は梨乃だろ?」

 返事が出来ない真唯に男性はかまわずに続ける。

「オジサンはね、梨乃のお父さんだよ。と言っても養父だけどね」

 養父。真唯は一度だけ聞いた事がある。彼女が母に「お母さんのお父さんとお母さんは?」と尋ねた時だ。母は重そうに答えた。

 梨乃は幼少期に両親を亡くし施設で育ったが、小学校低学年の時に子供のいない夫婦の養子になった。その夫婦の夫こそがこの男性だった。

 母は特に養父の話はしたがらなかったので、きっといい思い出がないんだなと真唯もそれ以上は聞かないできた。

「真唯ちゃん、梨乃似なんだね〜。あの子俺を避けてるから孫の君がこんなに大きくなっていたなんて知らなかったよ」

 ベラベラ話す養父はずっと真唯の腕を掴んだまま。しかも腕力が強い。真唯は掴まれた瞬間から気味が悪くて仕方なかった。しかも涼祐という連れがいるのに養父は真唯ともっと話がしたいとしきりに彼女を連れて行こうとする。

 さすがにこれ以上は黙ってられないと涼祐が真唯を養父からかばうように間に立った。

「申し訳ありませんが、真唯さんは俺とデート中ですのでお邪魔虫は早々に消えていただけませんか?」

 言われた養父は目の前に立つ涼祐を頭から舐めるように見ると「ずいぶんとイケメンな兄ちゃんじゃねーか」と言った。

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 お礼を述べても、とっとと消えて下さいの姿勢は崩さない。

 すると

「こんなとこにいたの?もう〜どこに行ってたのよ!」と女性が養父に駆け寄ってきた。当然女性は真唯と涼祐を見るなり「なに、この人たち?知り合い?」と養父に尋ねた。彼もてっきり説明するのかと思いきや「......別に。知ってるコかと思って声をかけただけだ」とぶっきらぼうに答えた。

「そうだったの?で、知り合いだったの?」

「人違いだよ」

「なーんだ。ほら、行きましょう。私に婚約指輪買ってくれるんでしょ?」

 よほど嬉しいのか女性は養父の腕を引っ張っている。婚約指輪を買いに行くという事は、この女性は養父の恋人か妻か(養母は母が高校生の時に他界している)。

 女性の登場で諦めた養父は去り際、真唯に「男を早々に見つけるところは梨乃そっくりだなぁ」と言い軽蔑の眼差しを向けた。

「え?」

「梨乃も男を見つけたら、とっとと家を出ていっちまいやがった。全く誰のおかげであそこまで大きくなれたと思ってんだ?礼知らずな娘が!」

「...............!!」

 母は礼知らずな人ではない。養父の事を進んで話さないのだって何かがあったからだ。母は養父を「あんな人」と呼んでいたし、実際こうして真唯自身も養父を前にしたら母の気持ちがわかった気がした。

 真唯は「きっと母はあなたが嫌いなんでしょう」と言ってやりたかったが、養父が母に何かをしでかしてくるかもしれないと思い、何とかこらえ「笹倉さん、行きましょう!」と涼祐の手を掴むと養父の前から早歩きであとにした。

 養父は去っていく真唯の背中めがけて「真唯ちゃんもお母さんに似てたいしたタマだよなぁ!!」と吐き捨てるように言ったが、真唯は聞かないフリをした。

「真唯さん」

「大丈夫です。あんなのたいした事じゃありません。それから、助けて下さってありがとうございました。とっさにデートと言ったものだからあの人もうろたえてましたね」

「うん。それにしても真唯さんを梨乃先輩の娘だと見抜くなんて。これだけ大勢の客がいるのに、その中で見つけるってスゴイっていうか、気味が悪いね」

「はい......」

 もしこれが一人だったら、どうなっていたか。改めて涼祐がいてくれてよかったと心から思った。




 

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