第5話

 あの日。寄り道カフェで涼祐と出くわしたのをきっかけに、真唯はその後も彼となぜか出くわす事が増えていった。

 例をあげると、ひとりで映画を観たあとに出くわしたり本屋で出くわしたり。その後は必ず「どこかお店でも入ろうか」となってお茶をしたりおしゃべりを楽しんだ。

 真唯はその都度、母・梨乃に涼祐と出くわしてお茶をしたと話をしたが、聞かされる母は半分穏やかではなかった。


 ある日の土曜日。

 母は涼祐と別のカフェで、二人がけの席に向かい合わせで座っていた。

 平日の仕事の終わりにでもと思ったのだが、こればかりはゆっくり時間をかけて話をしたかった。真唯から涼祐は休日に寄り道カフェに行くと聞いていたので自分に合わせてもらったのだ。


「本当に久しぶりね。笹倉くんとこうして二人で会うのは。おそらく......20年ぶりかな?」

「そうですね」

「ごめんなさいね、せっかくの休日なのに」

「いいえ。俺自身も久しぶりに梨乃先輩に会えて嬉しいので、謝らないで下さい」

「そう言ってもらえると私も気が軽くなる。ありがとう」

 今日も外はうだるような暑さ。なのに今、この空間だけは涼しくて互いの前には注文したアイスコーヒーが置かれ、カランと音をたててグラスの中で氷が漂っている。


 涼祐は母にとって3学下の後輩。つまり当時高校3年だった母に対して涼祐は1年だった。


「今日笹倉くんを呼んだのは......きっとあなたも見当がついてると思うけど。真唯の事についてなの」

「......そうだと思いました。梨乃先輩から連絡があった瞬間に。だってあなたはもう個人的に俺に用はないハズですから」

「............」

 母は何も答えない。それこそが答えだった。仕方ないとはいえ、あの時選択したのは自分自身だったとわかってはいても涼祐はそれを悲しいと思った。

「あの子が最近あなたにお世話になってるみたいで...それについては母としてお礼を言います。どうもありがとう」

 頭を下げた母。涼祐はただただとんでもないと首をヨコに振るだけだった。

「いえ。真唯さんも俺と同じく本を読むのが好きとの事なのでいろいろ楽しくお話をさせてもらってます。今、オススメで教えてもらった本を購入して読んでる最中なんです」

「真唯も言ってた、笹倉くんとのお話はとても楽しいって」

 母は、涼祐の事を話す真唯の姿を思い出した。とても嬉しそうに時々、顔を赤く染める娘の姿を。

「......真唯はあなたの事をとても慕っているみたい」

「............」

 母からの発言にアイスコーヒーを飲んでいた涼祐の動きが止まった。

「梨乃先輩」

 呼んだあと涼祐はグラスをテーブルに置いた。

「俺は言いません。あなたに断りをいただかないうちは決して。真唯さんにとって父上は太一さんだけなんだとわかってますから」

「......笹倉くん」

 驚きの表情を浮かべる母に涼祐は確信を持った。

「やはり。そうだったんですね?」

 彼からの問いに母はゆっくりと首をタテにうなずいた。

「どうして俺に教えなかったのか...それについてあなたを問い詰める資格は俺にはありません。俺は梨乃先輩を最後の最後に裏切ってしまいましたからね......」

 涼祐は自嘲ぎみにつぶやいた。それを承知で母に尋ねる。

「ですが、これからも真唯さんとの交流は許してもらえますか?」

「.........」

「俺は......真唯さんの話し相手の...ただのオジサンでかまわないので」

 母は涼祐のこの言葉を聞いて、大丈夫だと思った。彼がこういう信念を持っているなら真唯とも一定の距離で交流をしてくれるだろうと。

 だから。

「わかりました。笹倉くん、どうかあの子の話し相手になってやってね。何かワガママを言ったなら遠慮しないで叱ってもらってかまわないから」


 それにしても。

 涼祐の会話から出てきた

「あなたは個人的に俺に用はない」

「梨乃先輩を最後の最後に裏切った」

これらから察するにこの二人、過去に特別な関係だった時があったのだろうか。それも、高校時代に。

 少なくとも、涼祐はあの頃の後悔をずっと抱えているようだ。



 ある事実を知り、真唯との交流を改めて許された涼祐の中には、ある感情が芽生え始めていた。



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