第7話 白魔導士、途方に暮れる。
ヴィーが居なくなって3日経った。
クラン運営の中心人物がいきなりいなくなって多少はゴタついた。
あれはどこだ、あの件はどうなっているなどなど、彼が手掛けていた案件は山ほどあったのだ。
しかし、彼が運営の何たるかを全員に指導してくれていた上、きちんと整理されたメモが見つかりほどなく落ち着いた。
文字通り彼の存在は「多少」であったのだ。
贔屓の商人は特に変わらず同じ価格で商品を卸してくれたし、冒険者ギルドも残念がったが対応が変わることはなかった。
何か困ったことがあってもヴィーの作った「マニュアル」を見れば解決した。
ヴィーの持論は「一人抜けて回らなくなるような組織は組織足りえない。お互いがお互い支える存在であるべきだ」であった。
メンバー全員が歯車であり、入れ替えが効くように育成していたのだ。
その結果、その組織を作った彼が居なくなっても問題がなくなったというのは皮肉である。
とても悲しいことに、ヴィーが居なくなっても何も変わらなかった。
本当に何も変わらなかったのだ。
どれだけ悩んでも時間は経つし、やらなくてはならないことがある。
一か月後に迫った魔王戦の連携訓練も始まり、薄情だとは思うがヴィーのことを考える余裕もなくなっていった。
悲しいことは悲しいのだが、命がかかった現実の前にはそうもいっていられない。
ジーク達と前衛、中衛、後衛の動きを確認して練度と高めていく。
今まで何度もやってきているため手慣れたものだ。
ただ今回ちょっとだけ気になるのは、魔王戦の想定が甘い気がする。
あくまで少し気になるといった程度ではあるが……。
ヴィーが立案していた時は、少し神経質ではないかと思うくらいプランを作っていた。
プランA、プランB、プランCそして場合によっては最終手段であるプランDまで作り、書類にまとめ全員に配布していた。
もちろん結果として全てのプランが使われることはなかった、そういうものだからだ。
ヴィーは「こういうのは使われないほうが良いんだよ、想定外が余りにも多いと被害が出るからね。」と笑っていた。
それがクランメンバーには不評で、不満の元にもなっていたようだったのだが……。
彼らによると「臆病者」ということになるらしい。
私は彼の用心深さに救われたことが何度もあったのであまり気にしていなかったのだが・・・大丈夫なのだろうか?
今度の魔王は「ゴブリンキング」と予想されている。
配布された資料によると多数のゴブリンを従えた姿が見られ、すでに村が2つ程飲み込まれているという報告もある。
本来なら急いで退治に向かうべきであるが、今回は失敗できない討伐ということでジークはしっかりと練度を高めてから挑むつもりらしい。
彼にとって目の届かない村の被害は必要経費で、一部のクランメンバーも自分たちの名声を高めるいい機会と思っている節もある。
……自分たちが何故孤児になったのか忘れたのかな……。
村が魔物に襲われて孤児になったメンバーもいるはずなのに。
そんなに貴族になっていい暮らしをすることが幸せなのかな……。
辺境の村で一応はそれなりに普通に育ってきた私やヴィーと、スラムで孤児をしていたクランメンバーではそういう点で溝があった気もする。
彼らは貪欲だ。
なりあがってやるという強い意志を感じる。
それ自体が悪いとは思わないのだけれども、そのためにはなんだってやるという姿勢はちょっと理解できない。
私は漠然と幸せになりたいと感じ、ヴィーにくっついてきた。
なんとなくヴィーと結婚して子供作って幸せになる、程度のヴィジョンしかなかった。
だからかな、ヴィーがいなくなってからのクランがちょっとだけ居心地が悪い。
今回のターゲットとされる魔王は、魔王本人の戦闘力はそんなに高くなく、直接戦闘になればそんなに苦戦することも無いと目されている。
また、目撃されている配下のゴブリンもホブゴブリンやゴブリンシャーマン程度で、それくらい100や200程度来ても何ら問題はないだろう。
一般人には脅威であるゴブリンも冒険者である私たちにとっては大したことはない。
今回の討伐は150人(ヴィーが抜けたから・・・149人か・・・)いるクランメンバーの半数以上を帯同する予定らしい。
また、物資を運ぶ荷運び人や新人冒険者も多数連れていき、僅かながら領主の軍まで連れて行くらしい。
まさに万全を期すという姿勢なのだろう。
100人以上の鍛え上げられた冒険者と、勇者スキル「
それだけ「
「
堅い護りを持ち長期戦に優れる「
ジークから指示された戦術は単純である。
第一パーティ以外がゴブリン軍団を抑えてジークと私達パーティで魔王ゴブリンキングを討伐するのだ。
ゴブリンキングさえ倒してしまえば、あとは烏合の衆になるだろうという計算である。
あれからも何度かジークに寝室に誘われた。
だが私はもう愛した人にしか抱かれないのだ。
今更遅いのかもしれないが、まだ間に合う、赦してもらえると自分に言い聞かせて日々を過ごした。
訓練で忙しい中、時間を作ってヴィーがどこに行ったのか聞き込みをしてみた。
彼の足取りは南門で途切れた。
「どうしても出ないといけない用事がある」と言って門の外に出たことは分かっている。
その後の足取りが
近隣の町にも立ち寄った形跡がない。
人を使って少し離れた町までも調べてみたが、どこにも現れていないようだった。
森を行くにしても一人ではまず無理なはずだ。
普通の人だったら魔物に襲われたのかもね、で済む話だが彼が付近の魔物に殺されるはずがない。
結局何もわからなかった。
何人かの彼を慕っていたクランメンバーも探しているようだが、何の手がかりも無いようだった。
手詰まりだ。
私はもう彼に謝ることもできない、赦しを乞うこともできない。
零れたミルクは戻らない。
私は・・・私自身の愚かさによって、私を愛して救ってくれた人を失ったのだ。
「死ぬまで守る」と星降る夜に誓ってくれた彼の優しさを投げ捨てたのは、私だ。
この時になって、ようやく私は一人ぼっちになってしまった事を実感をもって知ったのだった。
悲しみの中、魔王戦に挑むことになった。
そこに更なる絶望が待っているとも知らずに。
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みんな大好きモニカ回。
簡単な用語説明
・ゴブリンキング
多数のゴブリンを率いる王様。
存在するとゴブリンたちの能力の底上げをする厄介な魔物。
本体の能力的にはゴブリンに毛が生えた感じ。
ゴブリンは人間の子供くらいの大きさで、力も子供と同じくらい。
ただ道具を使うので油断したら大人も殺される。
あ、この世界のゴブリンは人間の女を襲ってどうこうする魔物ではありません。
普通に殺されます。よかったね?
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