第8話 教導者、希(こいねが)う。

 力一杯引き絞り、放った。





 矢が、飛ぶ。





 極度の集中のせいか、時間が引き延ばされたように感じる。

 いつもはあれだけ早く飛ぶ矢が、水の中を進んでいるようだ。





 矢が、飛ぶ。





 真っすぐ魔王へ、殺意とスキルを乗せて飛ぶ。

 疾く!疾く!一瞬でも疾く!





 矢が、飛ぶ。





 乗せたスキルは「模倣 魔王殺しジャイアントキリング」。

 俺のありったけを乗せた一撃である。





 矢が、飛ぶ。







 模倣できるかは賭けであったが、何とか対価は払えた。


 全身をどうしようもない倦怠感と痛みが襲う。


 今の俺は矜持だけで立っている。


 こりゃあ、おそらく寿命10年くらい縮んだろうなァ!


 恐らく血の塊だろうモノが胃からせりあがる。


 吐いていたら最期が見届けられない!


 そんな勿体ないことが出来るか!


 血の塊を無理矢理飲み込む。


 これで仕留められれば俺の勝ち!堪え切れればお前の勝ち!


 毛細血管が切れたのであろう真っ赤に染まった視界で、血の涙と鼻血を流しつつ笑みを浮かべる。








 生まれたての貴様には悪いが、俺のために死んでくれ!


 いつも誰かの幸せを祈ってきた俺が、貴様に贈る手向けの言葉だ!



 「










 残り3m・・・2m・・・1m・・・












 











 あぁ・・・間違いない・・・こいつは・・・こいつは間違いなく「魔王」だ!


 


 俺はこいつを殺すために生まれてきたに違いない!











 矢が当たる刹那の時間、目が合った。


 その目に宿る感情は無色。












 矢が、届いた。













 俺のすべてを乗せた一撃が、突き刺さりあっさり貫いた。














 ったァ!









 見えないはずの空間がねじくれきしみ、たわんだ。









「やっ・・・」







 喝采の声を上げようとした次の瞬間、空高く吹っ飛ばされた。







「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」


 気付くと空しか見えない。


 一面の青空だ。


 何が起きたッ!?


 くるくると回転しながらなんとか混乱している思考を整理する。


 ちらりと地表が見える。


 さっきまでいた山の頂上が綺麗に吹っ飛んでいる。


 すり鉢状になってるようだ。





 あああああああああああ!!!






 !?






 いっぱいに膨らんだ風船に針刺したようなもんだもんなああああああああ!!!

 というかよく俺生きてたな!?








 そこで懐からバラバラになった「スケープドール身代わり人形」が零れていった。


 持っててよかった「スケープドール身代わり人形」!


 でもごめんねこのままだと地面にたたきつけられて普通に死ぬ!延命失敗!


 あ、麓のクソみたいな村大丈夫かな?いやまず自分が大丈夫か!?


 じたばたしていると、更地になった山のほうから黒い魔力塊がこっちに飛んできた。


 あ、これが勇者スキルかな!?でもジークの時は白かった気がするんだけど!

 でもこのままだと普通に死んじゃう!せめてどんなスキル貰ったかだけでも確認させてこのまま死ぬなんてかなしすぎるだるおおおおおおおお!?出来たらうまいこと使いこなして有名になってジーク殴って幸せな家庭を築いて老衰で死ぬまで死にたくないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!














 ばちーん。








「げうっ」


 黒い魔力塊が直撃して意識が吹っ飛んだ。














 ゴォォォォォォ……


 ……風が流れる……音がする……


「かはッ・・・ゲホッ・・・!!!!!!」


 力一杯むせる。


 気付いたら俯せで倒れていた。


 がばりと上半身を上げる。


 あ、あれ!?俺生きてる!?


 なんで!?


 あ、もしかして死後の世界とか言うオチ!?


 状況がさっぱりわからず混乱する。


 いや待てとりあえず周囲の確認!次に身体の確認!考えるのは最後だ!


 ガバっと起き上がり立ち上がり、周囲を見渡す。


 空が近い。


 見渡す限り茶色いなんかふわふわした地面?と空の青しか見えない。


 地獄にしては殺風景だ。


 遠くにちょっとなんか建物みたいなのが見える気がする。


 とにかく敵性存在なし!


 次は身体!


 痛いところ!全身!


 クソ痛いけどまあ我慢できる!


 多分骨折無し!


 とりあえずヨシ!


 右手左手右足左足欠損無し!ヨシ!指も問題なし!


 さっき無理した時の鼻血と血涙が乾いてパリパリしてるけど、とりあえずヨシ!


 空間拡張鞄・・・ヨシ!とりあえずこれでしばらくは生きていける!




 高速自己チェックを終え、改めてあたりを見る。


 ゴォォォォォォ・・・と遠くから風の流れる音が聞こえる。


 さっきも思ったが、空がやたら近く感じる。


 ……ここどこだ?


 見渡す限り茶色い大地。


 遠くにぽつんと建物?らしきものが見える。


 じっとしていても仕方がないので、遠くに見える建物らしきものに向かうために一歩を踏み出した。


 もふん。


 足が沈み込む。


「………」


 そっと地面を触ってみる。


 これはデカい羽毛……?


 羽毛?をかき分けていくと生暖かいなにかに到達する。


 おそるおそる触ると、生温かく脈動を感じる。






 ……うん。


 あー……。








 なんとなくそうじゃないかと思ったが、多分ここ何かのでっかい生き物の上だわ。






 酒場で酔っ払いの爺が「大星獣ベヘモス」「大界鳥ジズ」「大海獣リヴァイアサン」と呼ばれている巨獣について話しているのを聞いたことはある……。


 でかすぎて全体像が想像図になってしまう生き物が世界には存在する、とか言ってたな……。


 そんなでかいやつおらんやろ、と話半分に聞いていたのだが実際に遭遇するとは……。


 モストル爺さん、疑っててすまんな!


 リケハナの方に頭を下げておいた。




 さて、今俺が乗っているのが何なのか。


 足下にあるのは羽毛である。


 はい、これは多分「大界鳥ジズ」ですね……もしかしたら知らない別の鳥の可能性もあるけど。


 そうだったら知らん。


 魔王を倒して起きた魔力爆発に巻き込まれて吹っ飛ばされて、さらに飛んできた魔力塊に追加攻撃を食らったところまで覚えている。


 ……まさかたまたま飛んでたジズの背中に着地したの?


 ……羽毛で衝撃が緩和されて、怪我無く着地できたの?


 マジで?うっそだろ?


 どんな確率なんだよ……人に話しても絶対信じてもらえないよ……。


 ……まあ、事実がどうであろうと命が(多分)助かったことは素直に喜んでいいだろう。


 ヨシ!




 さて、これからどうするか。


 正直な話、帰るだけなら帰れるのだ。


 俺には「あの場所をもう一度ファストトラベル」がある。


 さっき「魔王殺しジャイアントキリング」を使ったばっかりだから消耗が激しく、ある程度回復してからでないと発動すら厳しいだろう。


 暴発したらどこに行くかわからない可能性がある。


 ……くそ、身体がまともに動かんな……。


 正直今すぐにでも倒れこんで眠ってしまいたい程だが、何もないここで無防備に眠る事は躊躇われる。


 この感じだと、たぶん一日二日休んでも多分厳しいだろう……。


 どこが痛いって問われたら、迷わず全身と返す。


 頭から足の指先までまんべんなく痛いってどういうことなんだよ。


 これはしっかりした場所で休む必要があるな……。




「あ!そうだ!勇者スキル!勇者スキルは……!」


 大事なことを忘れていた。


 あれだけの爆発、魔王は多分仕留められたと考えていいはずだ。


 じゃなきゃ俺はとっくに死んでるはずだし。


 勇者スキルは千差万別、固有ユニークスキルに近い仕様だ。


 名を識り、認識することによって存在が確定する、倒した魔王と倒した人間の魔力が交じり合い作られる、らしい。


 事実は誰にもわからない。


 使い方も色々試してみないとわからないと聞く。


 ちなみにジークは「魔王殺しジャイアントキリング」で名前知って使い方がすぐわかるタイプのスキルだったから全く困らなかった模様。


 ジーク死ね。


 出来ればわかりやすいスキル名でありますように!










 祈りながら、俺は己の中に宿ったスキルと向き合った。




















 遍在する調和どこにでもいて、どこにもいない


 ─────────────────────────────────

 簡単な用語説明

 ・「大星獣ベヘモス」「大界鳥ジズ」「大海獣リヴァイアサン」

 クソデカ生き物。

 全部体長がkm単位である。

 なんか間違って殺したりしたらそれが原因で世界が滅びかねない、

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