第3話 教導者、幼馴染に別れを告げる。

 模倣した「忍び足」で足音を殺しつつクランハウスを出る。


 まさかこんな夜逃げみたいに俺が出ていくことになるとはなあ……。


 必死に築き上げた自分の城を眺める。


 ここを手に入れるためにいくつも危ない橋を渡った。


 しかし、ここはもう俺の帰ってくる場所ではない。


 こういう気持ちを感傷というのだろうか。






 そうだな……ジークを始めクランメンバー全員に勝てるようになったと思ったら、一度だけ顔を出そう。


 そして全員を叩きのめして言うのだ。


「俺に勝てると思うなんて100年早い!」ってな!


 稚気じみた妄想だが、それくらい許してくれ。


 そんなことを考えている自分に気付きちょっとだけ笑って、泣いた。






「ヴィー!どこにいくの!?」





 踵を返し、王都の門に向かおうとすると後ろから声をかけられた。


 俺をヴィーという愛称で呼ぶ奴なんて一人しかいない。





「俺の名前を呼ぶなんていつ振りだ?モニカ」






 振り返らず答える。


 顔を合わせたくない、きっと罵ってしまうから。


 好きだった女に、酷いことを言いたくないから。




 やはりモニカあたりの高レベルには、俺の模倣スキルだと通用しないか……。

 過信はできないな。


「え……い、いや!そんなことはどうでもいいのよ!


どこに行くの!?そんな荷物持って!」


 背を向けたままなので顔は見えないが、ギクリという擬音が聞こえてきそうなほどの動揺を感じる。


 そういう嘘をつけないところは昔から変わらないんだよな……。


 そういうところが、


 今となってはめんどくさいな……という気持ちが強い。


 彼女の気持ちが離れていくと同時に、俺の気持ちも冷めていっていたんだな。


 それがわかっただけ最後に言葉を交わせたのは収穫だろう。





「どこだっていいだろう?普段は気にしたことも無いくせに」



 ついついとげとげしい返事になってしまう。


 吹っ切れたつもりでもまだわだかまりはあるのだ。


「教導者」と言う指導するためのジョブではあるが、結局のところ20歳の若造であり、未熟者である。


戒めねば。


「こ、こっちを見て話しなさいよ!」


 なにやらこっちに近寄ってくる気配がする。


 おっと、捕まったらさらに面倒なことになりそうだな。


「儀形」で「脱兎エスケープ」を模倣し逃げた。




「もうお前らとやっていけねえよ!


お前らが俺をバカにしてるってわかってんだよ!捨てられる前にこっちが捨ててやる!


ジークの野郎と乳繰り合ってろ!バーカ!」




 それだけ叫んで全力疾走する。


 自分で言うのもなんだが、情けない負け犬の遠吠えだ。


 捨てたなんて言ってるが、実際のところはついていけなくて捨てられたがいいとこだろう。









 いつか俺の名前を世界に轟かせてやる。









 家名もなにもない、ただのヴァイス・・・教導者ヴァイスの名を。









 それが腐ったあの村と、俺の居場所と恋人を奪ったジークへのささやかな復讐である。






 それが八つ当たりであろうとも!俺はやるのだ!やらねばならないのだ!









 そうでなければ俺は惨めすぎる!









 ちらりと後ろを振り返ると、モニカが膝をついてこちらを見ていた。


 もう、どんな顔でこちらを見ているかわからない。


 二度と会うことも無いかもしれない。


 お互い冒険者である、明日死んでもおかしくはない。


 冒険者をやってる限り、惨めで悲惨な死を遂げる可能性はなくならない。


 そんな未来の可能性を少しでも減らすためにやってきたんだがなあ。


 どうしてこんなことになったのやら……。


 なんだかんだ言ってはいるが、モニカには幸せになってほしいって思う気持ちは本当なんだぜ。


 恋人でなくても同じ村の幼馴染なのだから。








 荷物を抱え逃げ出したあの時の星降る夜、二人で見たあの空ずっと忘れない。







 死ぬまで守ると手を繋いで伝えたあの日の誓いは嘘じゃない。





 嘘じゃなかったはずなんだ……。







 走りながらそう、自分に言い聞かせた。







 そのあとは誰にも会うことなく、王都の門まで来れた。


 普通は夜間は外に出られないのだが冒険者として名を馳せた俺は「ちょっと言えないが依頼で出る必要がある」と言って賄賂を握らせてやればあっさり出られる。



 大丈夫か、都市の護り……。



 王都の近くだから強い魔物はいないはずだが、まあ真っ暗な中歩くのは怖いか。


 ……あの手紙見たらジーク達、探しに来るかな?


 探しに来られてもめんどくさいし、探しに来なかったら……悲しい。


 我ながらめんどくさい奴だ。


 鞄を背負いなおし、気合を入れる。


 と言っても真っ暗な道を一人で歩いたりはしない。


 これからは一人だ。






 いや、本当はずっと一人だったのかもしれない。






 クランの誰にも言ってなかった切り札を一枚切ろう。






 スキル「儀形」過負荷オーバーロード





 ジョブ「過客」スキル「あの場所をもう一度ファストトラベル」!


「旅人」の上級職「過客」のスキル「あの場所をもう一度ファストトラベル」を模倣する。



 一度行ったところへ一瞬で移動する規格外スキルの一つだ。


 実は1日に1度、俺は上級職のスキルを模倣できるのだ!


 ものすごい消耗するし、削ってはいけない生命力を使ってる感覚もあるから連発はできないが。


 気付いたのは最近だったからクランの連中は誰も知らん。


 ジークに報告しようとしたら「忙しいから今度な」とか言いやがったからな。


 これならきっと役に立つって思ったのによお!


 ばかやろー!


 あばよ!ジーク!モニカ!


 ちらりと都市の明かりを見て俺は飛ぶ。


通常の道だと数年かかる程遠い遠い……北の国へ。

 

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 簡単な用語説明

 ・「過客かかく

「旅人」の上級職。常に旅してるような奴らしかなれない希少な上級職。

あの場所をもう一度ファストトラベル」は便利だが旅の醍醐味が味わえないから旅行ガチ勢の「過客」はほとんど使わない。


 ・「儀形」過負荷オーバーロード

 上級職のスキルを模倣できる。

 消耗は激しく、使うたびに地味に寿命も削れてる。

 「あの場所をもう一度ファストトラベル」なら、一回使うと寿命1年くらい削れてるんじゃないかな、たぶん。

 それでも上級職のスキルは頭おかしい物が多いので、劣化版でも寿命削るだけで使えるとかなりやばい。

 主人公は気づいてないが実は魔物のスキルも模倣できる。

 ドラゴンの上級職の「エルダードラゴン」の「ドラゴンブレス」もスキルだから観察して理解すれば使えたりする。

 使ったら地形が変わる。ジークは死ぬ。

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