第4話 白魔導士、気付く。



ヴィーが居なくなった。




クラン「フェアトラーク」という観点から言うと、戦闘能力が一番低い冒険者が一人抜けただけに過ぎない。


戦闘能力的には一番の新人以下であったし、作戦遂行能力は全く問題はない。


むしろ高給取りの幹部が居なくなった分、分け前が増えてプラスになるというメリットさえあった。


ものすごいスピードで走って逃げて行ったヴィーの後姿を呆然と眺めた後、私はのろのろと立ち上がった。


私が加速スキルを使って本気で追いかければもしかしたら追いつけたかもしれない。


しかし彼が最後に言ったセリフが私の脳内を真っ白にさせていた。







『ジークの奴とでも乳繰り合ってろ』







バレていた。







いつだ、いつばれた?まさかみられてた?スキルでごまかしてたはずなのに?


頭の中でそんな言葉がぐるぐる巡る。


そんなことをしても何も変わらないのに。


嫌だ、別れたくない。愛してる。


そんな言葉も浮かんだが、恐ろしく薄っぺらい。


解っていたのだ、解っていたはずなのだ。


何かと忙しそうだったヴィーとちょっと会えないタイミングで、どんどん魅力的になって行った弟分のジークとそういう関係になったのは数年前だ。


ちょっとだけの火遊びのつもりだった。










すぐに背徳感の虜となった。








やめなきゃいけないと思うほど、ずるずると深みにはまっていった。


やはり強いオスには心惹かれるし、ヴィーとはちょっと倦怠期気味ではあったのだ。


ヴィーは最近能力が伸び悩んでおり、みんなから陰で馬鹿にされていたし私も不満があった。






私は悪くない。





ほったらかしにしていたヴィーと、迫ってきたジークが悪いのだ。




私は悪くない。




私は悪くない。




私は悪くない。




私は悪くない。




私は悪くない……。




一生懸命自己弁護をしたが罪悪感は消えなかった。



……ジークにヴィーが出て行ったことを伝えなきゃ……。


ふらふらとクランハウスに戻り、ここしばらく立ち寄った記憶のないヴィーの部屋に行くと、片付けられた伽藍洞のような空間が私を待っていた。



本棚は空っぽになっており、金庫は扉があけられたままになっている。



机の上には大切にしていたはずのペン(私が誕生日に贈ったものだ)だけはしっかり残されている。壁を見るとクランを設立した際の私たちの絵が飾ってあった。


彼はどんな気持ちでこの絵を眺めていたのだろう。


私はなんて残酷なことをしたのだろう。


いや、私は悪くない。


あとちょっと遊んだらヴィーの元に戻るつもりだったのだ。


今回のゴブリンの魔王を倒したら、ジークは領主の娘を娶ることになっていると聞かされた。


つまり私との関係も終わって丸く収まる予定だったのだ。


もうちょっとだったのに何で待っててくれなかったのかな……。


自分でも理不尽な思いを抱いてしまう。


自分への手紙か何かないかと思い、机の引き出しを開けると手紙が入っていた。


慌てて封を破り開けてみると、クランを脱退する旨と各方面への連絡はジークに任せるとだけ書いてあった。















紙を裏返すと「モニカ、君の幸せを祈っている。」短く走り書きしてあった。















私へ沢山の物をくれた恋人から贈られた最後のプレゼントは、呪いにも似た祝福であった。




しばらく呆然としたあと、ジークにヴィーが出て行ったことと浮気がバレていた事を報告した。


かえってきた言葉は、一言だけだった。




「そっか、先生いなくなっちゃったんだね。報告ありがと」





「そ、それだけ?」


思わず声をあげてしまう。


このクランを立ち上げた仲間がいなくなったのに、少し冷たすぎないだろうか?



「まあ、先生の仕事もうないし給料もったいなかったし丁度よかったかな?


もうすぐ俺も貴族だしね!


あ、大丈夫だよモニカは俺が囲ってやるから心配ないよ!」




人も殺さないような穏やかな顔で、人間性を疑うような発言が出る。



「じょ、冗談じゃないわよ!あなたとは遊びだったんだから!恋人はヴィーよ!」



「なーにいってるんだよ、昨日もあんだけ乱れてたのにさぁ?今夜もどう?」


へらへら笑いながら手を私の腰に伸ばそうとしたので、その手を叩き落とす。



「ふざけないで!もうあなたとは終わりよ!ヴィーを探すんだから!」



話していると頭がおかしくなりそう!



「浮気がバレた後に貞節を守っても仕方がないと思うんだけどねえ……先生もかわいそーに」


あざ笑うような声が聞こえる。


私は聞こえなかった振りをして部屋を出た。


そんなこと自分が一番わかっているのだ。





その後、数人のクランメンバーにヴィーが居なくなったことを報告したのだけど全員が総じて反応が薄かった。





みんなかなり世話になっていたはずなのに。





私たちに生きる術を教えてくれたのはあの人なのよ!

思わず苛立って叫んだ。


















「恩知らずどもめ!」


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お前が言うな。

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